夕餉の支度もなんとか整い、ようやく食事を兼ねて親睦会が始まった。
時刻はすでに8時過ぎ。
ほとんどは、厨房でのお喋りで時間を潰してしまったが、男性陣とまりあさんも、中庭で花火を楽しんでいらしたようで、とくに問題はなさそうだった。
「あらためて皆様、ようこそ城南女子学園の百合寮へ」
起立をして挨拶すると、あたくしは一同の顔を見渡す。
ダイニングへ集合した10名の参加者は、それぞれ3つのテーブルへ分かれて席に着いていた。
あたくしと佐伯、小森のテーブル。
あたくしの斜め前には江藤さん、その向こうが原田さん、一条さん。
そして小森の斜め前には、お茶会から戻っていらした本城先輩、カレー屋さん、峰さん、まりあさん。
原田さん達と本城先輩達のテーブルの間を、1.5メートルほど空けて向かい合わせに、そしてあたくしたちのテーブルを右辺にしてコの字型に並べてある。
全てのテーブルは中の席に椅子を置かず、全員が顔を合わせられるように配置した。
「百合・・・」
あたくしの挨拶を聞いて、原田さんがその部分だけを繰り返す。
「何を嬉しそうな顔してんのよ、この馬鹿!」
「いやまあ、なんつうか・・・、男のロマンが刺激されるというか、やっぱ女子校ってそういうもんなのかなぁと・・・。そういや、お前小学校のときって城南・・・」
「あ、あたしは違うわよっ・・・っていうか、偏見よ、偏見! もう、雪子もその名前で呼ばないでよ、誤解招くでしょ! ちゃんと聖白百合宮って正式名称があるのに・・・」
「よもや江藤さんが・・・」
隣で佐伯が笑いを噛み殺していた。
本城先輩以外にあの名前をまとも呼ぶ人が、ここにもう一人いたとは、確かに意外な発見だ。
「あら、あながち誤解とも言い切れないと、あたくしは思いますけど・・・それより、皆様。せっかく我がオカ研の夏合宿に御参加いただいたことですし、ここでひとつ余興を行いたいと思います。・・・佐伯、小森準備して」
声をかけると隣に座っていた二人が立ち上がり、予めダイニングへセットしておいたものを取りに行かせた。
黒いクロスを掛けた2台のワゴンが壁際から引き寄せられ、並べたテーブル同士のまん中へ登場する。
あたくしもワゴンへ向かうと、少し勿体ぶって上のクロスを取り払った。
「蝋燭・・・・何をするんだ?」
ワゴンへ並べた合計100本の白い和蝋燭。
質問をした原田さんの隣で江藤里子の顔が、ヒクヒクとひきつっている。
「あ・・・・あんた・・・・まさかっ、それ!!!」
「夏の夜に仲間が集い、やることと言ったらただひとつ・・・・」
言いながらワゴンの隅に用意したマッチを擦って芯のひとつへ火を灯す・・・独特の強い光がぼんやりと揺らめいた。
「百物語だな」
「峰っ、無表情で言われると、マジで怖いからやめて・・・」
「俺の顔に何か不都合があるのか」
「ひいっ、・・・、そんなことないですっ、気のせいでしたっ、ごめんなさいっ」
カレー屋さんがなぜか自分のフルーツパンチを、峰さんの前へ差しだした。
「というよりだな、夏の夜に仲間が集まってやることが百物語だと、素直に連結できる峰の思考も、俺にはたいがい謎なんだが・・・」
「蝋燭100本並べられて、思いつかない原田の方が鈍すぎるだろ・・・いや、鈍いのは今に始まったことではないが」
本当に仰りたいことは、絶対に後半部分でしょうに、彼の場合は恐らく、美しいその無表情が伝達力を半減させているらしい。
「やっぱり峰を攻めるなんて、俺には無理だ・・・」
「なんの話ですか?」
「い、いやべつに、ただの独り言・・・」
「でも今はっきりと峰と仰いましたよね・・・まさか、あたしのことですか?」
「えっ、それは絶対ちがっ・・・ひぃぃっ、峰、誤解です誤解っ!」
一方、カレー屋さんはなぜか順調に一人で墓穴を掘り進めていた。
「嫌よ、あたし帰る!」
突然、江藤さんが立ち上がった。
「おいおい江藤、今から帰るのかよ・・・」
「原田君、手を放して。だってこんなの聞いてないっ! 絶対に嫌よ」
放せというわりに、握られた手首を江藤さんは振り払おうとはしない。
やれやれ。
「けどなぁ、もうこんな時間だぞ? こっからお前んちって結構あるし、夜は遊歩道危ないだろ。かと言って、駅前に迂回すると、時間かかっちまうし・・・」
「だ、だったら・・・原田くん・・・、送ってくれる?」
下を向いて、蚊の鳴くような声で江藤さんが言った。
顔がみるみる赤くなる。
そんなことも、いちいち赤面しないと言えないのだから・・・まったく世話のかかる人だ。
「あぁっ!? えっと俺・・・?」
「・・・何よそんなに驚いて、・・・、もういいわよ! 一人で帰る!」
先ほどの峰さんの意見にあたくしも一票。
決死の覚悟で精一杯の勇気を振り絞り、誘いだした乙女に対して、今の反応は確かにないですわね・・・。
「ちょっと待てって・・・、いや、別に送るのは構わねぇけど、その前に、何も帰るこたあねぇだろうよ。少し落ち着けって」
「秋彦、だったら僕も行くよ」
原田さんが立ち上がり、間髪いれずに一条さんも後に続く。
彼が動いてしまっては、江藤さんもここまでということですわね。
はい、ゲームオーバー。
「もういいって言ってるでしょ! 一人で帰る!」
「まったく、あいかわらずのチキンぶりですこと」
「っ・・・・、な、なんですって!?」
江藤さんの表情がはっきりと変わった。
「おい、江藤・・・」
「やめなよ、山崎・・・」
「百物語と聞いただけでその慌てっぷり、・・・滑稽このうえなかったですわ、みっともないったらありゃしない」
「別に、・・・慌ててなんかいないわよ! ただ、聞いてなかったって言ってるだけで・・」
「それじゃあこういうことなのかしら、ここを抜けだして二人きりになりたいと・・・」
「ちょっ・・・、馬鹿なこと言わないで・・・な、なんであたしがっ・・・・!」
顔を真っ赤にして髪を振り乱して。
可笑しいですこと。
それでも隣の原田さんが、少し驚いた顔をして江藤さんを見ていた。
本当に気付かなかったわけか・・・どこまでも鈍感ですわね。
一条さんは、再び様子見体勢だけど、警戒は怠っていらっしゃらない。
さあて、三人ともどう出るおつもりかしら。
「だったら速やかに席へお着きになったら? 食事中ですわよ。これ以上皆さんをお騒がせするのはマナー違反がすぎるんじゃないかしら」
「ちょっと山崎、それは言いすぎ・・・」
佐伯が非難してくる。
敢えて心を鬼にして悪役を買って出ているというのに、それをわかってくれないとは、いかに盟友と言えど、これだから恋愛経験ゼロは困る。
「わ、わかったわよ! 座ればいいんでしょ、座れば!」
「あのさ山崎、・・・こういうの苦手な奴もいるわけだし、その・・・よかったらさ、食事終わってから、やりたい奴だけでやるっつうのはどうかな」
原田さんが、江藤さんのためにあたくしへ提案してきた。
これは感謝してほしいわね。
その隣で一条さんが、原田さんと江藤さんの顔を見比べている。
腹で何を考えているのやら。
こうして見ると、紳士の皮を被りつつ、彼も相当嫉妬深い。
「必要ない」
「おまっ、江藤・・・俺がせっかくだな・・・」
「必要ないったら、必要ない!」
あらあら、今度はまるで駄々っ子。
「まあ江藤さん、せっかくの原田さんの助け船を、つまらない意地で無駄になさるおつもりなの?」
「百物語がなんだっていうのよ! 上等じゃないの、やってやるわよ!」
貧弱な胸の前で腕を組むと、江藤さんが据わった目をしてあたくしをぎんと睨みつけてきた。
「お前はまた・・・」
原田さんが呆れて見ている。
でも、これでこそ江藤さんですわ。
純情一途なくせに、すぐに挑発に乗って大騒ぎ・・・まったく飽きない人。
「あらそう。それではどうしても今すぐやりたいっていう方がいるようですから、皆様、さっそく始めましょう」
まあ、元々原田さんに言われなくとも、本当に百物語をやるつもりはない。
いかにオカ研と言えど、こちらは3名しかメンバーがおらず、他の参加者もネタの提供は期待できそうにない。
100も怪談が集まるわけはないのだ。
無論怪談はやる。
そのための合宿だ。
蝋燭すべてに火を灯してみると、100本の灯はじゅうぶんに明るく、食事に支障はなさそうだった。
せっかくなのでダイニングの照明を消すと、自分も席へ着く。
「それでは、あたくしからスタートしますわ。・・・・まず合宿場所にここを選んだ理由とも言うべき、百合寮にまつわる伝説から・・・」

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