「その昔、寮生同士で恋をしていた二人の生徒がおりました。
一人は三年生の寮長。
もう一人は美しい二年の後輩。
あるときテニス部の部長をしている別の三年生から、後輩の生徒が好きだと告白を受けました。
初めて誰かから恋心を打ち明けられ、その相手が学園のスターのような先輩だったということで、舞い上がった彼女はすぐに交際の申し込みを受け入れるのですが、相手には他に付き合っている後輩が沢山いて、彼女は自分が弄ばれていることにあとから気付きますの。
結局、その先輩は別の子が好きになったからと、また一方的に彼女へ別れを申し出て、すっかり傷ついた後輩は失恋のショックで塞ぎこんでしまうのだけれど、そんな彼女に優しくしてくれたのが寮長だった。
そして実は彼女のことがずっと好きだったのだと、寮長に打ち明けられて、彼女はいつも自分の傍にいて、やさしく見守ってくれていた寮長のことが、自分も好きだったことにようやく気が付く。
やっと真実の愛に目覚めた二人。
けれど卒業式が一週間後に迫っていた。
寮長は卒業とともにアメリカ留学が決まっていたし、良家の一人娘だった彼女には、生まれながらの許嫁がいて、来年の卒業とともに結婚しないといけない。
簡単に運命へ逆らえるような時代ではなかったのよ。
それでもお互いへの想いが諦めきれない二人。
そして寮長が彼女に言いましたの。
・・・二人だけで秘密の結婚式を挙げよう。
そして夜中にこっそりと寮を抜けだし、城南ロザリオノートルダム教会へ向かったの」

 

そこまで話したとき、ふいに原田さんが身じろぎ、何気なく手元をみると、蝋燭の明かりを受けた、二つの金属が反射して、原田さんと一条さんの手が互いの方へ伸びていることに気が付いた。
仲良く手でも繋いでいるのだろうか・・・まったく。
これでは江藤さんもやっていられませんわね。
たしかにここまではロマンティックだが、これはあくまで怪談。
あたくしは続きを話した。

 

「二人は誰もいない教会で永遠の愛を誓い合うと口付けを交わし、とうとう寮長が彼女へ言った。
今から君を攫う・・・どこか知らない土地へ行って、二人だけで暮らそう。
自分へ伸ばされたその手をしっかりと握りしめ、二人は学園から出ようとしたの。
そのとき、突然強い風が吹き荒れ、辺りが真っ暗になった。
空には闇を切り裂くような稲妻が光り、次の瞬間、二人は無残な姿で校門の前に倒れていた。
地面には鮮血が流れだし、折り重なるように倒れていた二人の身体を、1本の長い金属棒が串刺しにしていたの。
金属棒は、落雷に遭った城南ロザリオノートルダム教会の避雷針。
翌朝、遺体で発見された二人は、しっかりと互いの手を取り合っていたそうですわ」

 

話を終えたあたくしは椅子から立ち上がると、机の前へ出て行き、蝋燭を1本静かに吹き消した。
「なんて悲しい話なんだ・・・」
自分を誰に投影して聞いていたものやら、本城先輩がそう言った。
彼女の視線があたくしに纏わりついて離れないのは、気のせいだと信じたい。
「それって明らかに、ラストが有名なホラー映画のワンシーンじゃないの」
「亡くなったのは我が校の生徒二人であって、神父じゃありません」
「いや、そういう問題じゃないでしょう」
どうやらこの話は、江藤さんにそれほど恐怖を与えなかったようだ。
残念ではあるが。
「っていうかさ、その怪談って全部登場人物、女の子なんだよね・・・」
「直江君もなんだか嬉しそうね。男のロマンってやつ?」
佐伯がニヤニヤしながらカレー屋さんをからかっていた。
「あ・・・いやあ、そうじゃなくて、ちょっと気になっただけだから・・・」
「それじゃあ次はみくがお話しますね。・・・その前に、よいっしょっと」
小森が椅子の下に準備しておいた鞄をひっぱりあげて、中からピンクのファイルを取り出した。
「やだ、それってまさか心霊写真なの!?」
「お、おい江藤・・・」
原田さんの制止も聞かず、江藤さんが立ち上がって小森の傍へ移動した。
そういえば怖がりのくせに、昔から江藤さんは心霊写真が大好きだ。
あたくしは立ち上がると電気をつけに行った。
雰囲気は損なわれるが、写真が見えないと意味がないので仕方がない。
「適当に回して頂いて結構ですよ。・・・えっと、じゃあまず説明しますね。それらは昨年の冬、ロンドンで撮影したものです。最初はこのロンドン塔のブラッディータワーの入り口。ここは、二人の幼い王子達が幽閉されていたことで有名な場所で、お家争いの結果、まだ小さな子供だったエドワード五世と弟のヨーク公が、叔父のリチャード三世に殺害されたと言われています。幼い少年達が手を繋いで歩いていたり、囁き合ったりじゃれ合ったりしているという霊の目撃談が、ロンドン塔のあちこちにあって、とくにブラッディータワーでは頻繁に目撃されているそうですよ」



「ふうん・・・にしてもちょっと気味悪い写真ね」
「さすが江藤さんは勘が鋭いみたいですね。何か見えますか?」
我が意を得たりと言わんばかりに、小森が江藤さんを見上げて、ニヤリと笑った。
あたくしも写真を横から覗く。
入り口を示す立て札の奥には、凹凸の激しい岩壁。
そこに無数の人の顔のようなものが見えており、確かに気味悪い写真ではある。
「え、マジで霊が映ってんのか?」
原田さんも机に手を突き、身を乗り出してきた。
「その写真、左側の壁の向こう側が階段になっているのですが、そこから一応、女性の霊がこちらを覗き見ているそうです。これ自体は悪い霊ではなく、賑やかな外の観光客の様子に、興味を示して出て来たようですね。・・・残念ながらみくには何も見えないのですけど、一緒に行った従姉が、旅行から帰ってきたあともずっと足の調子が悪くて、気になって霊能力者に見てもらって、わかったそうです。護符を頂いたら間もなく霊障は消えたそうですが、気味が悪いからと言われて、みくが写真とメモリーカードを貰っちゃいました」
「うわっ・・・じゃあ本当にこれ、心霊写真なんだ! 凄いね小森さん」
「ありがとうございます・・・ただ、みくは霊感がないので、残念ながら何も見えません。江藤さんは見えますか?」
「うーん・・・どうだろ、この丸い水滴のようなものの上辺りに、それっぽい影があるといえばあるかな・・・雪子は見える?」
「どうでしょう、あたくしも似たようなものですわ」
確かに江藤さんが言っているあたりに女性はいる。
ついでに入口の看板を介して、左右には、民族衣装のような服を着た二人の少年が手を引き合い、物凄い形相でカメラを睨みつけているのだが・・・・それを言ったら、また江藤さんが大騒ぎを起こすことが目に見えているので、言わずにおいた。
「小森、ついでに駅での話もしてあげたら?」
「あ、そうだ・・・」
佐伯に促され、小森が別の話を始めた。
「実はこのロンドン塔へ行く途中、最寄のタワーヒル駅へ降り立った途端に、その従姉が突然悲鳴を上げたんですよ。そのときは電車に入ってくる人と、肩でも当たったのかなと思っていたのですけど、あとで聞いたら、何もないところでいきなり壁にぶつかったような衝撃があったそうで・・・」
「開きかけたドアにぶつかった・・・とかじゃなくて?」
「違いますよ、バカじゃないですか?」
原田さんの質問を小森が冷たくあしらう。
「ぐっ・・・なんだこの、江藤と俺に対するあからさまな対応の差は・・・」
「はっきりした原因は不明ですけど、彼女曰く、まるで行く手を阻まれるような感じだったって・・・」
「うわぁ、それがあって、直後にこの写真かぁ・・・ゾクリと来るわね」
「江藤楽しそうだな」
「当たりまえじゃないの、夏よ? こういうのはひんやり涼しくなれて、ちょうどいいのよ」
「さっきまで帰ると騒いでいた奴が言う事か?」
「あれは山崎雪子が百物語なんて、とんでもないことを言うからよ」
「心霊写真がよくて百物語が駄目な理由が、俺にはさっぱりわからん」
「わからなくてもいいの! ね、小森さん、他にはないの?」
「そうですね・・・心霊写真というわけではないのですが」
そう言って小森が、今度は大きな古い建物の写真を皆に回した。

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