『薔薇の誓い〜Rose Garden参』(エピローグ)

 

「そうだ・・・これ。ずいぶんと遅れちまったけど」
遊歩道の出口まで来たところで足を止めると、すぐ隣で一条篤(いちじょう あつし)が同じように立ち止まった。
俺、原田秋彦(はらだ あきひこ)は、家からポケットに入れて出て来た小箱を、彼に差し出す。
踏みしめる足元の土に短い影を落とす、街灯の眩い明かり。
国立公園と公道の境界線を示す、背が高い鉄柵の向こうには、見覚えのある白いセダンが停まっている。
一条達也(いちじょう たつや)氏が、俺達の後を追い、そこで様子を探っていたのだろうか。
見られていたわけではないだろうが、さきほどの長い口付けを思い出した俺は、ずっと傍で篤の従兄が待っていたと知ると、少々いたたまれなくなった。
「僕にくれるの?」
青い包みを手に取りながら篤が聞いてくる。
「誕生日・・・おめでと。って言っても、もう2カ月も過ぎちまったけど」
本当はあの日・・・喧嘩別れをした、篤の留学出発の当日・・・彼に渡すつもりで準備していた。
あの日二人でずっと、彼の誕生日を一緒に過ごして、夜にはマリンホールでささやかなパーティーを開き、そこでプレゼントを手渡す・・・俺なりに考えていた篤の誕生日プラン。
結局何一つ実現できなかったが、それでも後味をあそこまで悪くした原因は、今考えるとやはり俺にあった。
あの後俺は、宥める篤の手を振り切って一条邸を飛び出し、そのままゲーセンや漫喫でダラダラと時間を潰していた
その後・・・。

 

「あれ? 大事な人の誕生日パーティーだって聞いてたけど、まさか・・・二人がそういうことになっちゃったの?」
予約をしていた手前、当日にキャンセルをするのもなんだか気が引けたため、悩みながら家路へ向かって歩いていたところ、遊歩道でばったり悪友と出会った俺は、夕方、そいつを連れて予定通りにマリンホールへやってきていた。
俺と隣に立っている香坂慧生(こうさか えいせい)の顔を何度も見くらべながらシンさんは、悪趣味極まりない冗談を口走る。
シンさんはマリンホールのウェイター。
慧生ほどではないが小柄で、肩まで長さがある茶色い髪を後ろで一つに纏めており、毛先をくるんと跳ねさせながらホールを走り回る姿が、とても可愛いらしく、料理上手で優しい人柄の、一応男性・・・惜しい!
ただし前世紀からこの店にいるという謎めいた伝説があり、実年齢は誰も知らないのである。
まあさすがにマスターで、恋人でもあるらしい、トモさんは知っていると思うが。
俺はいつものようにカウンターのスツールへ腰を下ろしながら、大きく溜息を吐く。
「んなわけないでしょ。・・・ちょっと事情があってヤツは来ません」
篤はとっくに雲の上にいる頃だ。
「ほ〜う、珍しくそっちからナンパしてきたと思ったら、そういうことか」
慧生がニヤニヤと笑いながら、俺の方へスツールを引き寄せて来た。
というより、どう曲解すればあれをナンパと受け取れるのだ・・・・。
「あのままお前を公共の場へ放置していたら、通行人の迷惑になるだろ。うっかり善良な市民が普通の自殺志願者と勘違いして巻き込まれても気の毒だし・・・つうか、お前は明らかに50メートル前方から、俺を視線でロックオンしていただろうが」
だから俺は、知己の務めとして、偽装自殺テロリストの慧生を即座に回収したのだ。
敢えて言うなら保護か捕獲だ。
そもそも、たとえポーズとわかっていても、木に吊るしたロープへ首を突っ込んでいる相手をナンパする野郎がどこにいる。
この慧生は県立城西(じょうさい)高等学校の、当時第2学年で俺と同い年。
不登校で学校へ通っている様子がないため、この春進級できたのかどうかは聞いていない。
こいつは亡国と格差社会を嘆く憂国の士にして極度の悲観論者で、暇を見つけては自殺やるやる詐欺で騒ぎを起こしているA級問題児だが、どういうわけか俺に懐いている。
泰陽(たいよう)女子学院大学付属病院に勤務する、進藤伊織(しんどう いおり)という名のれっきとした医者の彼氏が一応いるのだが、冗談か本気かしょっちゅう俺の貞操を狙おうとする、少々困った美少年だ。
「そうか、そうか彼氏に振られたか! それで今夜は憂さ晴らしに可愛い僕と一夜を共にしようって魂胆なんだな! いいぜ、この身体を好きにして!」
「言ってねぇっ! つうかてめえはちゃんと家に帰って学校へ行け」
抱きついて来る慧生の女のように華奢な身体を、俺は思いっきり両の掌で押し返した。
「だから学校なんて行ってどうすんだって。だいたい今春休みだし」
「そういうことはせめて3学期分の学業を修めてから言え。だいたい修了式出たのかよ、お前は・・・」
「クソつまんねぇ校長の話なんか聞いたって眠くなるだけだろうが・・・それよりお前、さっきから携帯鳴りっぱなしだけど、出なくていいのか?」
慧生に指摘されて俺はやれやれと携帯電話を手にとる。
液晶を見ると、電話の主がどうやらエスパニアか乗り継ぎ空港にでも到着したらしく、見慣れた番号と登録名が約10時間ぶりに、6件目の着信を記録していた。
未開封のメールも同じぐらい受信フォルダへ溜まっている。
その数は、俺が着信拒否設定をする翌朝までに、それぞれ十件に上ることになった。
俺は感情に任せ、電源をそのままオフにすると、ジーンズの後ろポケットへふたたび突っ込み、目の前のグラスをぐいっと呷った。
その日は結局、朝まで慧生やシンさんとマリンホールでさんざん飲み明かした。
一応日の出前にトモさんの車で帰宅はしたらしいのだが、その夜のことは途中から記憶が消えている。
とりあえず、翌朝起きるなり伯母の冴子さんが部屋へ殴りこんできて、正座でみっちり1時間説教を食らったことと、酷い二日酔いで自分がまる一日ぐらい使い物にならなかったことだけは確かだ。

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