なんだかんだと全編読み耽った俺は、ラストのページまでやってきて、漸くあることに気が付いた。
「あれ、魔王は・・・!? ドラゴンとの戦いは!?」
悲壮な決心で主人公達は魔王討伐に立ち上がり、そこで話が終わっていたのだ。
っていうか、これ全然、話が終わってないよな・・・。
「続きが読みたければ、今すぐアクセス・・・ってことらしいわよ」
最後のコマの下に、良く見るとURLとQRコードが記してあった。
グラウンドで繰り広げられる100メートル走よりも、よほど目を輝かせて携帯を見ながら、とっととアクセスしていた江藤の顔が、次の瞬間、劇的な渋面に変わる。
表示できませんとか、404エラーでも出たのかと思い、揶揄ってやろうと手元を覗きこむと。
「なんだ、こりゃ・・・」
1冊500円とのことだった。
「仕方ないわね」
そう言って、商売上手な芸大サークル発行の同人誌を、川口の分までしっかり2冊、カゴに入れて即精算を済ませた江藤の姿を、それはそれは遠い目で俺は見守っていたのだった。
「ねえ、ちょっと原田君」
不意に背後から近づいてきた足音とともに、名前を呼ばれて振り返る。
これまた携帯片手の山村だった。
お前もかよ・・・。
そう言いかけて気が遠くなっていた俺は、続く山村のセリフに、言葉をあやうく呑みこんでホッとした。
「悪いんだけど、ちょっと午後から代走頼まれてくれないかな」
「代走?」
世の中腐った女ばかりじゃないと信じさせてくれた山村に、心で感謝をしつつ、しかし頼まれ事の中身がわからないので説明を求める。
「鍋島君なんだけど、やっと連絡が付いたのよ。・・・何でも今、有摩にいるらしいわ」
「それって西日本の有名温泉地の、あそこのことか?」
どうやら大学生の恋人と、ほっこりしているんだそうな・・・・っていうかあの文芸部員、大人しそうな顔して、体育祭休んで温泉デートかよ。
しかも有摩って、どう考えても泊りがけじゃねーか、羨ましい!
「ねぇ、お願いできないかな。・・・午前中の個人競技済ませている男子って、今のところ原田君達だけなんだよね」
「けど、もうすぐフラッグ戦あるじゃん。そのすぐあとにトライアスロンがあるし、そいつらだって午前中に全部終わるだろ」
「それはそうなんだけど、午前中に終了するとは言え、トライアスロンに出る人にはちょっと頼みにくいし、あとはみんな午後だしね・・・。クラス対抗リレーが終わったらすぐに集合だから、峰君には頼みにくいし・・・・ねえ、無理言って悪いんだけど、なんとかならないかなぁ」
しかもトライアスロンは午前最後の競技であり、ましてや直前のクラス対抗リレーに出る峰には頼みにくいらしい・・・よく考えたら、それはそうだろう。
その前に山村達が出る3on3もあるが、順番的には出にくいことに変わりはない。
「つまり、その出て欲しいのは次の次ぐらいの競技ってわけか」
それなら確かに、俺がポジション的に一番出やすい。
「出てあげたら?」
注文受付メールを確認し終わった江藤が、やっと携帯から顔を上げて会話に参加してきた。
聞いていたことに、俺はむしろ驚いた。
心は既に、美少年と美男子達のパーティーによる、めくるめく魔王討伐の旅路へ飛んでいるものだと思っていた。
「そういうことなら、まあ」
引き受けないわけにはいくまい。
「よかった・・・、それじゃあ早速加賀先生に連絡してくるね」
山村の背中を見送りつつ、江藤の口元が緩んでいることに、今更俺は気が付いた。
注文の同人誌が到着するのを待ちきれないのか、不気味な奴めと思ったが、目がはっきりと俺を向いている。
そして他にも視線を感じ、周りを見渡すと、確かに目が合っていた筈の連中が、皆、なぜだか次々に視線を逸らしていった。
わかりやすい不自然さだ。
「おい、なんだか妙な空気のうねりを感じるんだが、気のせいか」
「気のせい気のせい。・・・代走頑張ってね。私も撮影張りきるから」
そう言って江藤が三脚片手にさっと立ち上がる。
「おう、それは頼もしいな」
このあとは全員出場のフラッグ戦だから、ここは皆の撮影をしている場合じゃないのだが。
とりあえず、使命を果たすというのは良いことなので、俺は江藤の決意を評価した。
「里子、写真先に注文しとくね。鍋島君のが見られないのは残念だけど、原田君ならオッケーだわ」
続いて川口も立ち上がり、江藤の肩に手を置いて、まだ現像前の写真の予約を入れていた。
しかもどうやら被写体は俺だった。
さらに女子数名が挙手して、同じく江藤に予約を受けさせる。
「・・・なあ、今更なんだが、鍋島が出る予定だった競技って・・・」
「大会プログラム10番目を見ろ。・・・江藤、俺も1枚頼む」
後ろから峰が低い声で俺にはヒントを、江藤にはさらなる写真の注文を出していた。
「居たのかよ」
その後間もなく山村が戻って来て、フラッグ戦の為に俺達は、再び第2ゲートへ集合した。
対戦相手は3−Cの加賀軍団だった。
この日のためにC組は連日放課後、暗くなるまで戦術会議とトレーニングを繰り返していたと聞く。
実戦さながらの猛特訓に全員血反吐が出るまで訓練へ明け暮れていた。
もはや無傷の生徒は一人もいなかったと言っていい。
その結果訓練された女戦士達は勇猛果敢に戦場を掛け回り、その一歩、呼吸の一つ一つに至るまで、無駄な動きをする者は見当たらなかった。
完成された芸術品とすら言ってよい。
無論我が軍は敗退した。
しかしこの戦いに悔いなどなかった。
我々はこの戦場でC組という勇敢な若き戦士達と相見えることが出来た。
それは栄誉だろう。
加賀軍団こそ勝者に相応しい。
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