「だから、どうしてお前はそう偉そうなんだよ・・・って、ええっと、あれ・・・?」
ちょっと待て・・・。
俄かに周りがざわついている気がした・・・主に女子が。
「やだ・・・ちょっと・・・何してるのよ、あれ・・・」
「嘘っ・・・大胆っ!」
ゴール付近にいた鈴宮が俺達を指さしながら、顔を真っ赤にしていた。
俺達側から見て、右サイドの遮蔽物の向こうにいる高原と室戸も、どこかニヤついたような目をして、俺と浅井を見ている。
反対側の遮蔽物のあたりで、突然衝撃音が発生して、俺は咄嗟に頭を庇いながら地面へ伏した。
地雷でも爆発したのかと思った。
したがって俺は今、横たわる浅井に抱きつくような姿勢になっている。
「ああ・・・おほん。原田君?」
わざとらしい咳払いをして、・・・というか、真似事のセリフをそのまま口にして、浅井が俺の胸をぐいぐいと押し上げた。
少しだけ、その頬が赤かった。
どうでもいいが、自作効果音は癖なのだろうか。
「え、ああっいや・・・その、すんませんっ!」
俺は慌てて、彼女から飛びのく。
今度こそ、女達が騒いでいる理由を俺は理解した。
「原〜田君〜、・・・・ちょおっと話があるんだけど〜」
先ほど爆発音が聞こえた辺りを振り返ると、倒れた遮蔽物の向こうで、江藤が拳を握りしめながら立っていた。
一応強化プラスティックで出来ていた筈の遮蔽物の表面が、遠目に見ても20センチ程陥没している。
遮蔽物を介して反対側に潜んでいたらしい矢代と白井が、腰を抜かしたように地面へべたりと座り込み、震えながら江藤を見上げていた。
さぞかし怖かったことだろう。
「は・・・はい、話したいのは山々なんですが、なんというかその、まだ競技の真っ最中でして・・・というか、そのこれは誤解というか、事故というか、深い事情があるわけで」
「誤解でも事故でもなかろう、原田君。君は明らかに体育祭競技の真っ最中、全校生徒や先生がた、父兄が見守る衆目の前で、私を押し倒し・・・」
「頼むから浅井は黙ってくれ・・・」
「原田君・・・あんたってやつは」
「だーっ、違う違う、だから誤解なの、誤解ーっ!」
「誤解じゃないと言っているだろう。私はこんな激しい行為のせいで・・・」
「きゃーっ、きゃーっ、不潔よ!」
「破廉恥だわーっ!」
江藤とは逆サイドの遮蔽物から甲高い声が聞こえた。
「お前ら、黙れ!」
畜生、明らかに楽しんでやがる。
「原田君エッチ〜!」
「直江、てめぇはどっちの味方だ!」
「若いっ子ってガッついててやあねぇ。でも、先生たまにならそういうのも好きよ」
「小早川先生、競技者以外は立ち入り禁止です。速やかに出て行ってください・・・ん?」
そして目の前が真っ赤に閉ざされた。
「原田先輩、退場です」
レッドカードだった。
「へっ? なんで?」
「説明しなきゃいけませんか?」
主審の1年が、レッドカードを俺に突きつけながら、なぜだか自身も俺をジロリと見下ろして両目を真っ赤に充血させていた。
「原田君退場っつってんでしょ、さっさと出て行きなさい、この色情魔」
「江藤お前は俺のチームメートだろうが、少しはフォローしろよ。っていうか、なんだその色情魔って!」
ひどい言われようだ。
「退場者がいつまでも残ってたら、他のプレーヤーが迷惑すんのよ。出てけこのスカポンタン」
「し、しかも、ス、スカポンタンだと・・・!?」
散々である。
「・・・やがって」
「はっ・・・?」
今一瞬何か暴言を吐かれた気がするのだが・・・いや、暴言なら先ほどからこのフィールドに集う、スポーツマンシップの欠片も見当たらないプレーヤー達から散々浴びせられていて、すでに飽和を起こしているぐらいだが、聞いちゃいけない人の口から聞こえたのである。
俺はもう一度目の前の1年を見あげた。
篤と同じぐらい背が高そうな、ガタイの良いこの男が、顔を真っ赤に染めて、プルプルと肩を震わせ、抑えきれない怒りの濁流に呑み込まれようとしていた。
「だから、デレデレすんなっつってんだろうが、この糞野郎・・・!」
そしてこのセリフである。
「え・・・えーと、あの、君? ねぇ主審君?」
「さっきから見てりゃ、あっちの女、こっちの女・・・調子に乗って見せつけてんじゃねーよ、この糞3年が!」
「は、はぁーー!?」
「入場行進じゃあそこのデカイのと、目付きの悪ぃのがキャーキャー女の奇声浴びてるわ、ゲーム中に女とイチャイチャしながら、どざくさに紛れて女押し倒してるヤツぁいるわ、おまけにこっちの女二人はなんか口喧嘩おっぱじめるわ、こんなところで修羅場ってんじゃねぇよ、何なんだよこのクラスはよぉ! ちったぁ理工系クラスのことも考えろってんだ、やってられっかよ!」
「はぁ〜・・・君のクラスって、ひょっとして女子ゼロ?」
うちもわりと少ないほうだけど・・・。
「そうだっつってんだろ! しかも2年、3年はクラス対抗戦で他のクラスと混じり合えるから、まだいいよなぁ。けど、1年は大縄跳びだぜ? 縄跳び! 何が楽しくて野郎ばっかりで、ぴょんぴょん飛び跳ねなきゃなんねぇんだよ、ちくしょーーーーっ!」
「ご愁傷様だね」
確かに寒い光景だ。
けれど、そんなことをここで愚痴られても。
「というわけで、てめぇ、超気に入らねぇから退場」
「おいこら!」
私怨で権力振り翳してんじゃねえ!
「てめぇも退場」
「は、俺!? なんで?」
「騒ぎを扇動していた。俺はちゃんと見ていた」
おや、見るところはちゃんと見ていたんだ。
まあ、扇動していたのは直江だけじゃないんだが。
「いや、絶対可笑しいし・・・」
直江が退場なら、高原と室戸が退場にならなきゃ不自然だし、破壊行動をした江藤は退場を超えて、反省文のひとつも書かされなきゃ不公平である。
「退場者は速やかにフィールドから出るように、プレー再開!」
というわけで、何故か直江も1年の恋人いない歴=年齢君から八つ当たりされて、俺とピッチの外へ出て行った。
ちなみに俺達が退場を食らって、何故かすぐに試合終了だった。
結果は3−Eの勝ち。
この試合のヒーロー選手は江藤や浅井に俺が言いがかりを付けられて、俺がやり玉にあげられ、主審から理不尽な八つ当たりをされている間に、ちゃっかりC組のフラッグを抜き取っていた篤だった。
「っていうか、終了してんならさっさとそう言えよ!」
「痛い、痛いってば、秋彦・・・それは僕のせいじゃないよ、蹴らないで・・・」
ついでに俺達は2回戦で、あっさりA組に敗退。
優勝はB組だった。



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