「えっ・・・」
王女は突然自分の身体が解放されたことを知った。
今まで動かすこともできなかった声帯の強張りが解け、そして漏らした己の声の低さに耳を疑う。
しかしそれは一般的な男の声、たとえば今自分の顎に指をかけただけで易々と顔の角度を変え、もう片方の手をドレスの背中にあてがい、身体を引き寄せている目の前の大人の男と比べると、あくまで少年程度の低さでしかない。
そしてその戸惑いの声は、次の瞬間、接吻によって第2声を止められた。
恋も知らない王女にとっては、ファーストキスだった。
自分の結婚式の最中だった広間が、悲鳴や絶叫に包まれていた。
「嫌ぁああああああああっ!」
狂人のような叫びをあげているのは、母上だろうか・・・、男と口付けを交わしながら王女は思った。
「こ、この者を捕えよ・・・・!」
接吻がすべての魔法が解く合図だったかのように、突然人々は動き始めた。
口唇を重ねていた男が、未だ片腕に王女を抱いたまま、ひらりと2メートルも飛びあがると、次の瞬間には今まで自分達が立っていた場所へ、バタリと王妃が倒れ込む。
彼女の華奢な右手には儀式用の装身具である、金と鮮やかな石で飾られた抜き身の宝剣が、もう片方の手には、さらに煌びやかなその鞘が、握られていた。
「母上が・・・」
王女は唖然とした。
母上はその両方を自在に操り、5人の剣を持った近衛兵と格闘しても勝てるだけの剣術を持っている筈だった。
「王妃様っ・・・!」
侍従が駆けより、母上を庇いながら彼女を抱き起こす。
その眼は愕然と見開かれていた。
私もこの光景が信じられなかった。
陽の国一番の剣の使い手である王妃の、その電光石火の一撃を、あろうことかこの男は自分と接吻しながら、事も無げに躱したのだ。
この者は、一体何者なのだ!?
「城南、知っているのなら、これがどういうことか説明せよ・・・」
父上が立ち上がり、依然として信じられぬと言った目で、“私を”見つめたまま母に告げる。
何を、母上が知っているというのだ。
母はなぜ、いきなり剣を振るった?
私の結婚の儀を邪魔されたから?
それなら兵に、この侵入者を捕えさせればよい。
しかし兵は一歩も動けなかった。
私も一歩も動くことも、喋ることさえもできなかった。
今は話せる・・・・そして、もう一つの疑問。
なぜ私は、急に声が低くなっている・・・?
手を見た。
私の手はこんなに大きかっただろうか?
母上はこんなに小さかっただろうか?
このドレスは、こんなに短かっただろうか?
「許して・・・許してちょうだい・・・」
目の前で母上が泣いていた。
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