「服、ちょうど良かったみたいだね」
「ああ・・・助かった」
突然男になった・・・否、戻されたことで、俺が持っていたクローゼットの中身は全て無駄になった。
従って俺が身につけている物は、下着一つに至るまですべて白鳳のものだ。
慣れていたものがない心もとなさと、慣れぬ物の収め方に惑い、もたつく俺に頬を赤らめながらも、誠実な白鳳はそれとなく指導してくれた。
不意に肩へ置かれた手を、俺は身を捩って引かせた。
「・・・だめか」
「当たり前だ。もう、前のようなわけにはいかない」
そう答え、俺は、俺の運命をここまで変えた魔王が棲む森を、闇の中にじっと睨みつける。
翻弄された俺の人生。
母上は俺を守ろうとして、俺の性別を謎の老女に変えさせた。
老女であった大男は、約束を守ってもらえなかったから、俺を男に戻した。
ならば、仮に母上が約束を守っていたら、俺は大男の下へ預けられたわけで、いずれにしても白鳳とは引き放された。
父上は民の平和の為に、俺を魔王へ引き渡そうとした。
俺にとってはショックなことだが、父上を責めるわけにはいかない。
しかし俺が魔王に引き渡されたとして、それでは陽の国を魔王のドラゴンが、今後一切襲わない保障などあるのだろうか。
おそらく、約束は守られないだろう。
ドラゴンの被害に遭っていない国など、近隣にどこにもないからだ。
かくして、俺は魔法を解かれて本来の性である男に戻された。
その途端に、どこかでそれを見ていたかのように、16年ぶりに魔王のドラゴンが陽の国の空を舞った。
俺のなすべき事とは何であろう。
魔王は俺を手に入れたいのだと聞いている。
魔王はきっと、どこかで俺を見ている筈だ。
それなら、俺が動けば、ひとまず魔王の注意ぐらいは逸らせるのではないだろうか?
森の彼方から、俺の思いつきを肯定するように、忌まわしいドラゴンの鳴き声が夜空を伝い、低く聞こえて来た。
「俺が行くしかないな」
「えっ・・・」
「白鳳、・・・俺は魔王の城へ行く」
「何を言っているんだい城陽、君は正気なのか・・・」
「危険なことぐらいわかっている。けれど、俺がここにいても、いずれドラゴンが俺を探して陽の国の空を舞う。人々はその度に混乱し、咆哮とともに吐き出す炎で町は焼かれ、子供たちは攫われて、魔王の餌食となる。俺が国を出れば、ひとまず注意ぐらいは惹きつけられる」
「一時しのぎだよ。それに君が魔王の・・・君が犠牲となっても、それで恒久の平和が守られる保障なんてどこにもない」
白鳳にしては珍しく、俺の考えの甘さを指摘して冷たく否定するような反論だった。
俺がどのように犠牲になるかを言い及んだあたりは、彼らしいと言うしかないが。
魔王の男色趣味は有名な話だ。
人を使ってまで俺を要求してきたのであれば、その相手を求められるぐらいは可能性として予想するべきだろう。
だが、みすみす犠牲になるつもりなど、もちろんない。
俺が魔王の愛人となってすべての被害が収まるというなら話は別だが、そのような交渉が通じる相手ではあるまい。
それに俺とて、まっぴら御免だ。
「魔王を殺せばいいだろう」
「何だって・・・!?」
「俺が魔王を殺す。民を苦しめ、母上を泣かせ、父上を悩ませ、俺の運命を弄んだ・・・・魔王を、俺が必ず倒してみせる」
「けれど・・・相手は魔王だぞ。十万のドラゴンを操り、2500年以上も生きている、百万人以上の少年達があの芸大城に囚われて、凌辱されて、切り刻まれている・・・そんなところへ君は赴き、魔王を倒せると思うのかい!?」
「できないかもしれない・・・、可能性は確かに低いし、いや、はっきりゼロだろう。そんなことは、最初からわかっているさ」
わかっている。
それでも。
「だったら・・・!」
「だったら? ・・・ここで手を拱いているのか。明日にでも、いや今夜にでも魔王が使わせたドラゴンに捕えられ、その反撃の為に臣下達を犠牲にして、町を火の海にして、子供たちを誘拐させるのか・・・何の抵抗もせず、俺はその運命に身を委ねていたらいいのか!?」
「それでも僕は、自分のフィアンセをむざむざ魔王の下へ行かせたりはしないよ。君が何と言おうとね」
「誰も白鳳に許可なんて求めていない」
「力づくでも止めてみせる」
「ほう・・・母上直伝の剣の使い手であるこの俺に、闘いを申し込むというのか?」
体格で互角となった今なら、おそらく白鳳に負けることはないという自信があった。
「いや・・・海の上ならばともかく、陸ではすでに剣で、女であった君に負けているからね。そんなつもりはないが、父の軍を動かしてでも、君を止めるための策は講じるよ」
「そんなことの為に我が国と戦争をするつもりか、白鳳、貴様、正気の沙汰ではないぞ」
「君の方こそ狂気の沙汰だと言っているんだよ。だが、君が言っていることもわからなくはない・・・むしろ心情的には理解を示す。認められはしないがね」
「頑固だな・・・放っておけと言っても無理だと言うのか」
ならば戦争しかないのか・・・なんと無意味なことを。
「僕のプライドにかけてそれはない。だから、君が行くと言うなら僕も付いて行く」
「・・・白鳳、お前・・・今何て言った?」
「僕も魔王討伐に参戦だと言ったんだ」
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