いつになく白鳳の男っぽい側面に驚かされ、その頑固さに手を焼き、かくして、ほんの数時間前まで結婚しようとしていた俺と白鳳は、ともに魔王討伐へ立ち上がった同志となった。
海の国の軍を動かすという白鳳にヒントを得て、俺は国王の執務室へ向かうと、父上に軍を貸してほしいと交渉した。
結果は却下だった。
「子供のお遊びのために、軍を動かすなどありえない」
父は俺の顔を見ることもなくそう言って、あっさり俺の意見を退けた。
いきなり出端を挫かれた俺は、肩を落として自室へ戻った。
俺はショックを受けていた。
自分の決意を児戯と切り捨てられたことや、話も聞いてくれなかったことがではない。
父上は俺の顔を見なかった・・・。
これまで父に叱られたことは何度もあったし、手を挙げられたことも数知れない。
しかし、父が俺を叱るときに、俺の目を見なかったことなど、一度もなかったのだ。
父上はまだ動揺されている・・・16年間、娘として育てて来た俺が男だったこと・・・それを母上に隠されていたこと。
「まさに子供のお遊びだな、国王の言っていることは間違いじゃないぜ」
不意に背後から話しかけられ、俺は咄嗟に身構えた。
ほぼ同時に、白鳳が俺を庇うように前へ進み出る。
その手はすでに、帯刀した柄へとかけられていた。
「無礼者、断りもなく王女の寝室へ忍び込むとは、この場で斬り殺されたい故の愚行か」
男はさきほど母上を愚弄し、臣下の前で俺を男に”変身”させた者だった。
そしておそらく、かつて俺を魔王から守った者。
「そういうセリフは・・・・隙だらけの構えを改めてから吐くんだな」
「ぐっ・・・」
男が言い終わると同時に、右手首を捕えられ、鳩尾に拳を埋められた白鳳は、掴まれた手首を捩りながら尻餅を突き、腕の付け根を固められたうえに、不用意に抜いた剣を取られて、刃を喉元へ突きつけられていた。
その動作はけして流れるような早技で行われたというわけではなく、無駄のない動きながらも、落ち着いて披露され、男の言う通りに白鳳の構えの甘さが全てを引き起こしたことを納得させる返し技だった。
「・・・というわけで、なあ城陽よ、本当にこんな坊ちゃん引き連れて魔王退治に行くっていうのか? 自殺行為だぞ」
「糞っ・・・放せよ」
肩関節を決められた白鳳の顔が、苦悶に歪む。
「おまけに耐性なしか・・・こりゃあ先が思いやられるな」
「うっ・・・五月蠅い・・・痛たたたっ」
男が何気ない仕草で白鳳の腕の角度を変えた途端、彼の声がほぼ悲鳴に変わった。
「な、なあ・・・そろそろ止めてやってくれないか?」
俺が二人の間へ割って入ろうと足を踏み出しかけると、最初からそのつもりだったらしく、男はあっさりと白鳳の腕を放した。
白鳳は腕を押さえて、その場に座り込む。
痛みからだろう涙を、細めた目に浮かべていた。
「君の言いたいことはわかった。彼も俺も、けして武術の達人というわけではないから、無謀だということはわかっている。残念ながら父の理解を得られなかったので、我が国軍を率いることは出来ないけれど、きっと白鳳が説得すれば海の国の軍は・・・」
「まだそんなことを言っているのか? 現実見ろよ、王子様」
「何が言いたい」
男の言い種に嘲笑するような響きを感じ取り、俺は反射的に彼を睨みつける。
「お前の父親が動かなかったのに、なぜこの坊ちゃんの親父さんが協力してくれると思えるんだ? 軍ってのは国益の為に動くもんであって、逆上せ上った息子の恋を守るために、国王が軽々しく動かして良いもんじゃないんだぜ」
「き、貴様・・・いくらなんでも、そんな言い方っ・・・俺だって、そのぐらいはわかっている! けれど、目的は魔王退治だ。ドラゴンや誘拐の被害は、我が国だけでなく海の国も同じことだ」
「それどころか、より深刻だ」
未だに肩の付け根を押さえつつ、白鳳が苦々しく言った。
言われて思い出した。
なぜか女児の出産に恵まれない海の国は、近隣諸国から魔王の畑とすら皮肉に呼ばれ、ドラゴンによる誘拐被害が後を絶たない。
俺と白鳳の婚約は、それがために成立したようなものなのだ。
この16年間、誘拐被害が一件もない陽の国よりノウハウを得て、互いに協力し合うため。
そして今更ながら不思議に思う。
俺が女に変身させられていたからといって、なぜ魔王は、あっさりとドラゴンを引きあげていたのか。
海の国で、はたまたそれ以外の国で少年を誘拐するのであれば、狩り場が陽の国であっても可笑しくはないし、現に俺が生まれるまでは陽の国でも誘拐事件は頻発していたと聞く。
「ああ、そうだろうな。だが無謀な戦争に軍を差し向ける、王の責任はどうなるんだ?」
「えっ・・・」
「お前、魔王を殺すって言ったな」
「聞いていたのか」
一体どこで?
そもそもこの男は、一体何者なのだ。
「ドラゴン1匹に砲弾100発も浴びせて、それでもまとも退治できないような軍が、どうやって魔王に勝つんだ?」
「けれど、民の平和を危険に晒して、それで黙っているわけにはいかない・・・国を守らずして、軍に存在理由などない」
「大したご高説だな。けれど軍人もまた民だぞ」
「それはそうだけど・・・!」
「ひとつ言っておく。軍ってのは一度動いてしまえば、容易に止められない。だからこそ君主は慎重になるんだ。勝てる見込みがない戦争に、軍を巻き込んではならない。お前の親父は、何も間違ってはいない」
「じゃあ、むざむざやられてろって言うのかよ!」
「やり方を履き違えるなと言っているんだ」
「なんだと?」
「お前、最初は単身で乗り込む気でいたんだろう? 身を呈して自ら犠牲になろうとした。立派だな」
「ああ。・・・今でもそこに迷いはない。けれど、そんなことで民が守れるとは思えない・・・だから、目的はあくまで魔王殺害だ」
「そしてこの坊ちゃんは、お前を見殺しにはできないと協力を申し出た」
「当然だ」
白鳳が相変わらず蹲ったまま、吐き捨てるように言う。
いくらなんでも、もう肩なと痛くはなかろうに、左手はそのままだ。
痛むのは捻られた肩関節以外の何か、なのだろう。
「無謀だ」
「そんなことはわかっている!」
「玉砕覚悟か。お前ら馬鹿だな」
「貴様っ、どこまで人を愚弄すればっ・・・」
「だが、愛しいほどに気高い精神だ」
「・・・・だから、何だ・・・っ」
男の表情が一瞬和らいでいた。



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