『続いて3年生の入場行進です。まずは・・・』
アナウンスが2年の生徒に変わり、山村も実況席から俺達の方へ走って来た。
「みんな、そろそろ行くわよ」
息を弾ませた山村の呼びかけで、俺達は行進スタート地点である、通用門前の第2ゲートまでぞろぞろと移動する。
「山村、お疲れ様」
ぶっ通しで10クラス分の実況を終えた彼女は、さすがに少し疲れて見えていた。
「どういたしまして。・・・ありがとう、原田君!」
それでも、通りすがりに労いの言葉をかけてやると、途端に明るい笑顔と大きな返事がかえってきて、俺は安心する。
疲れはしても仕事の出来に、じゅうぶんに満足したから元気ということだろう。
『続いて3年B組の入場行進です。担任の先生は・・・』
2年男子がアナウンスを進める。
俺達は慌ただしく出席番号順に並び直していた。
「おいちょっとあれ見ろよ・・・」
不意に隣へやってきた直江が、俺の肘を突いて来る。
「どした?」
直江の指さす方向を見た。
空席になっている3−Bの席のあたりだ。
「あいつらのクラス旗」
その瞬間、実況アナウンスがクラス紹介文の最後で、3−Bのクラステーマを淡々とした口調で読み上げた。
『狐色に場げてやろうか。次は3年C組・・・』
グラウンドには一瞬沈黙がおり、次第に鼻で嗤ったような何ともいえない失笑があちこちから漏れてくる。
せめて山村のように、抑揚を付けたアナウンスなら、多少とも挑発的に、あるいはお茶目に聞こえたりして、それなりにウケをとれたのかも知れないが、この2年、あまりにも棒読みすぎるのだ。
行進中のB組連中からは、いかにも居た堪れないといった、恥ずかしそうな空気が漂って来ている。
もっとも、どういう狙いがあってのクラステーマ、そして同じようなレベルのナンセンス極まりない紹介文だったのかは知らないが。
放送席が無情に実況を進め、C組がトラックへ進み出た。
「それにしても、変なテーマだな」
クラス旗はというとデザイン性のかけらもなく、マーカーで無意味なフレーズが書かれているだけだった。
「原田はまだ気が付かないのか? うちの旗、見てみろよ」
後ろから峰が口を挟んできた。
「へ?」
見なくてもわかっていたが、そこには、几帳面な明朝体のレタリング文字で、峰が考えた、これまたB組以上にいい加減なクラステーマがデザインされている。
衣を絡めてCHENGI! 
旗の片隅には、美術部員に頼んで、スーツの上にピンク色のエプロンを掛けた黒人男性のコミカルなイラストが添えてあった。
その絵はどことなく、米国某大統領を思わせた。
デザイン的にはB組より遥かに勝っていると言っていいだろうが、いかんせん意味不明すぎるクラステーマ。
さらには、”CHENGI”という明らかに誤った単語のスペリング。
知性という点では、底なしにその低さをいかんなく露呈していた。
そして直江に言われて、俺はようやく気が付く。
「これはB組からの挑戦状だと考えていいんじゃないか」
「あっ・・・」
衣を絡めてCHENGI・・・正しくはCHANGE!
狐色に場げてやろうか・・・、正しくは揚げてやろうか。
B組のクラステーマは、ミスも含めて、見事に俺達への辺句になっていた。
「あいつらには、絶対負けられないな」
「おうよ。・・・それにしてもまったく、スペルミスに対して、漢字の間違いで返して来るあたりなんざ、憎たらしいことこの上ないぜ」
この挑発、受けて立たずして男ではあるまい。
「いや、それは、うちと同じでただの書き間違いだと思うが・・・」
また峰が後ろからボソッと突っ込んで来た。
ちなみに実況の棒読み男子は、結果的にどちらも見たまま読んでいたのだが、これは仕方があるまい。


つい先ほどまで、家庭課担当の西森皐(にしもり さつき)教諭と、どこぞの秋の新メニューであるロールケーキ談義で大いに盛り上がっていた、我がクラス担任教諭の井伊須磨子(いい すまこ)女史が、不意に話を中断してこちらを振り向いた。
担任を持っていない西森先生も、救護テントへ戻って行く。
どうやら今日は、保険医の小早川麗子(こばやかわ れいこ)先生の手伝いに徹するようだ。
「みんな、そろそろよ。気を付け!」
号令がかかり、全員沈黙。
そして直立不動の体勢をとる。
『次は3年E組の入場行進です』
スピーカーからアナウンスが聞こえたかと思うと、同時に凄まじい歓声がトラック周辺から満遍なく聞こえてきた。
「な・・・なんだ!?」
思わず動揺して声を漏らす。
「一条と・・・たぶん峰もだな」
隣を行進する直江が、俺の耳元で・・・そうしないと聞こえなかったからだが、教えてくれて気が付く。
一般来場者席は、いつのまにか満席になっており、その半分ほどはとても父兄とは思えない、近隣の高校や中学からやってきた女子達で埋まっていた。
座りきれなかった子達や、気の毒なことに遅れてやって来た城陽在校生の父兄たちが、後ろや席の周辺で立ち見をしている。
いつまでも止まぬ、熱を帯びた甲高い歓声。
「わかっちゃいたが、凄まじいなこれは・・・」
俺も知らず、直江に対して耳打ちになる。
ちなみに二人とも音量は叫びに近い。
それでも直江から何度も聞き返され、俺もまた聞き返し、やっと会話が成立した。
あの二人がモテるのは俺も知っているが、これほどとは思わなかった。
まるでアイドルタレントのコンサート会場ではないか。
「そうか、原田は去年の体育祭休んでたんだっけか」
「ああ・・・って、去年もこんな調子だったのか?」
昨年は前の晩になって熱を出し、俺は体育祭へ不参加だった。
1年の時はちゃんと参加したが、寝坊して開会式には遅刻した。
あの頃はまだ峰はおらず、俺はというとベタベタしてくる篤から逃げ回るのに必死で、競技中の彼がどれだけの歓声を浴びていたかなどということに、興味もなかったのだ。
確かに篤は以前から女にモテていたが、それにしても、このような狂乱を作りだすほどではなかった筈だ。
この1、2年程の間に、リタとの騒動があったり、一条建設の御曹司としてマスコミにとりあげられるようになったりと、本人の露出もずっと多くなっているため、恐らくその注目度は2年前の比ではないからだろう。
それとも、単純に俺が気づいていなかっただけなのだろうか・・・。
そこへ昨年、元々モテる峰が転校してきて、・・・この大騒ぎは当然のことなのかも知れない。
結局いつまで経っても狂気じみた声援は鳴りやまず、他ならぬ峰が完成させた紹介文すらも掻き消し、それを読み上げる実行委員のアナウンスを遮って、ブチキレて別のマイクを引っ掴んだ加賀純二(かが じゅんじ)先生の怒鳴り声がスピーカーから聞こえるまで、続いていた。
まあ紹介文はぶっちゃけ酷い出来なので、あまり聞こえなくてちょうど良かったとは思うが。
俺は気になって後ろを振り返ると、当の峰本人は相変わらずの無表情で行進を続けている。
こんなことは慣れていると言いたいのだろうか・・・それはそれで憎たらしい話だが。
先頭列を歩く篤の顔は伺い知れなかったが、それこそこんな状況は日常茶飯事なのだろう。
俺はというと、女の子達から熱視線を浴びる彼の顔を、見たいとも思わなかった。



『城陽学院シリーズPart2』へ戻る