『アルバイト直江のFLOWERS出張店』(直江編)
「お前、ここにいたのか・・・」
講堂の入り口正面辺りで馴染みの看板を見つけた俺は、スパイシーな香りへ惹かれるように店に入った。
臨海公園駅前商店街のカレー専門店『FLOWERS』の出張店。
「原田、いらっしゃーい。どうぞどうぞー」
「おう。ところでお前、こんなときにまでバイトしてんのか?」
テーブル席へ案内してもらいながら、しっかり店の制服に着替えて労働中の直江に俺は聞いた。
「うん、まあね。俺店長に気に入られてっから」
「そうか。なら仕方ないな」
本人がそう思って納得しているなら、きっとそれはそれでいいのだろう。
体育祭の昼休憩中に、仕事をさせられているというのは、結構気の毒な気がするのだが。
「あたくしはオホーツク海カレー。この二人には食べ放題を・・・」
非常に聞き慣れた高飛車口調が耳に入り、俺は奥の席へ視線を向けた。
「あれま」
「あら・・・」
向こうも気が付いたようだった。
「あれ、原田君じゃない!」
「どうもですー」
城南女子のオカルト研究会トリオ、人呼んで城南オカ研ガールズだった。
「さすがだな、1日だけの臨時出張店にまでちゃんと顔を出すとは、お前らまさに『FLOWERS』の熟練客だな。明日にでも免許皆伝だな。ここまで来れば、私が教えることは何もないby直江にほれ込んだFLOWERS店長」
「仰る意味はなんとなくわからないでもないのですけれど、それは正確を期して返答申し上げたほうがよろしいのでしょうか」
「いや、スルーしてください」
こういう馬鹿馬鹿しいノリに、面白がって付き合ってくれるような山崎雪子(やまざき ゆきこ)ではなかった。
「今日は普通に体育祭の見学に参りました」
「正確に返答して頂いてありがとう」
「はーいお替りおまちどう〜。原田はこっちね」
「ありがとうございます、直江さん」
「いいえー」
手に持っていた長い楕円の器を、こちらへ寄越しながら直江が言う。
そしてスタンドカラーのシャツを肘の下まで捲りあげた両腕を腰へ宛がい、しばしオカ研トリオ、正確には小森(こもり)みくを見つめ、感心したように頷いた。
小森はスプーンを手に持ち、恐らく2杯目のカレーにとりかかる。
隣に座っている佐伯初音(さえき はつね)はというと、ようやく残り1/3を切ったカレーにスプーンを差し込んだままの状態で、ストップしていた。
「しっかし本当、よく食べるわねー、あんたそれ全部一体どこに消えてんの?」
呆れたような、感心したような声が佐伯から漏れる。
相変わらず旺盛な食欲を見せる小柄な小森の食べっぷりに感心しつつ、鼻孔を突いて来る異様な匂いに注意が逸れた。
「というか直江、これは一体何なんだ」
見た目は佐伯達が食べている普通のカレー。
だが、匂いは明らかにカレーではない。
よく考えたら、俺はまだこの店で何も注文していなかった。
「何ってカレー」
「嘘つけ、カレーの刺激臭じゃねーだろこれは・・・っていうか、おいこら、よく見たら湯気が紫に着色しているじゃねーか、何を入れた!?」
「まあまあ、そう言わずに食べてみなって」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、見るからに劇物そうな刺激臭を放つ皿の中身を、内容も聞かずに口にできるか・・っていうか、カレー以外の刺激臭を放っている時点で食いたくねーよ!」
「別に毒なんか入ってないからさー」
「基準がそこまで下がっちまうのかよ・・・」
「言っておくけど、これは俺の手作りだからね!」
「店長の手作りがよかったのに」
「じゃじゃーん、なんと直江☆スペシャルオリジナル・マスタアー☆ソードカレーだよ!」
「大魔王も倒せる最強カレー。一撃必殺で胃袋に留めをブッ刺します・・・て、怖いわっ! そもそも名前に刀が付くカレーって一体何なんだよ!」
「要するにただのマスタードカレーなんだってば!」
「なぁんだ、マスタードカレーかよ・・・びっくりさせんなや・・・って、いらんわ!」
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