『時計台の謎を暴け』(山崎編)

大騒ぎのうちにランチタイムを終えた俺は、一先ず校舎のトイレで用を足し、グラウンドへ戻るべく廊下を歩いていた。
そこで、見慣れぬ人影を発見する。
正確には、充分見慣れている人物なのだが、この校舎内で見ることはあまりないという意味だ。
「あいつ、何やってんだこんなところで」
その者、山崎雪子(やまざき ゆきこ)は西棟1階の廊下を突きあたりまで歩くと、しずしずと階段を昇り始めていた。
白いセーラー服の背中へ、まっすぐに垂らした黒髪を少し靡かせ、ピンと伸びた背筋と、目に美しい立ち居振る舞いで・・・実に堂々と。
「あら、原田さん。ごきげんよう」
「ごきげんよう・・・っていうか、部外者がうちの校舎内で何やってんだ? トイレなら外にもあるだろう」
「御心配頂かなくとも、お手洗いなら先に済ませて参りましたわ」
凛とした声で応え、山崎は再び階段を昇り始めて行く。
「そりゃ失礼・・・じゃなくて、だな。それなら一体何をやってるっていうんだ? 余所の制服でウロウロしていると、目立つぞ」
「愚問ですわね」
じつに短く山崎が斬り捨てようとする。
「へ・・・俺、何か変なこと聞いたか?」
「あたくしがこうしてここにいる・・・その理由など、今更説明するまでもないではありませんか」
2階へ到着。
山崎はそのままさらに踊り場をぐるっと回って、3階へ向かった。
「あのぉ・・・・山崎さん? ひょっとして俺、何か聞き逃してた?」
「城陽学院高等学校、そして時計台・・・これを確かめずして、あたくしがここに来た意味などありまして?」
声が僅かに震えていた・・・期待に満ちた表情を見ると、武者震いというやつだろうか。
「いやいや答えになってないから・・・・っていうか、時計台って今言った? それって、校舎の上に乗っかっている、あの大時計の?」
「泰陽(たいよう)市に活断層があることは御存じよね?」
「活断層!?」
いきなり地層の話かよ。
「あら、ご存じじゃなかったの? 泰陽断層帯は海豚島から国立公園まで伸びている活断層で、もっとも最近の活動が昭和42年11月13日の・・・」
「いや、その話は知ってるから」
その時の大地震で、城陽学院は校舎を丸ごと破壊された。
それが旧校舎のピアノの怪談に纏わる、『城陽七不思議』という副産物まで生みだしている。
話の腰を折られた山崎は、少々不機嫌な顔で俺をジロリと睨みつけると、軽く咳払いをひとつした。
「つまり、西陽(さいよう)神社とこの城陽学院はレイラインで結ばれているということです」
「・・・・突然、話が飛んだような気がするのですが」
「レイラインとは、遺跡同士を結ぶ直線のこと。代表的なものとしてイギリスの巨石遺跡群があり、日本でも鹿島神宮や富士山、吉野熊野、出雲大社、霧島神宮など、あちこちにこのレイラインと呼ばれる直線ラインがありますの。そして不思議なことにこの線の多くは活断層の上にある。活断層が活性化すると圧電現象によって電磁波が発生し発光現象が起こることがある。空が明るいと地震の前触れなんて言われ方をするのがこれ。そして電磁波による微弱な電気シグナルを動物の脳が感知して、それが不安感や気分の高揚を与える。たとえば、鯰が地震予知の研究に使われたりするのはこれが原因ね。古代シャーマンはとても感受性が強い人たちで、活断層の上にいることで電磁波により精神的な影響を受けて、神の啓示を聞いたりしたのかも知れないわね」
レイラインと活断層の関わりに言及した、とても明瞭な解説だった。
そして山崎は4階の踊り場まで来ると、さらに上階を目指そうとする。
この上は屋上だ。
「はあ・・・それで、なんで他校の立ち入り禁止の屋上へ乗り込もうとしているのでしょうか」
山崎は俺の目の前で、堂々と立ち入り禁止のプレートが掛けてあるロープを、スカートを翻しながら跨いでいた。
そしてそこで一旦立ち止り、後ろに続く俺を振り返る。
「まだ理解できませんの?」
「そう言われましても、レイラインと活断層の話しか説明して頂いてないような気が・・・」
それと立ち入り禁止の屋上を目指す関連性は、さっぱり俺に理解できない。
「ですから、この城陽学院は活断層の上に建っているのです」
「はあ」
「そしてここから、真っ直ぐ西へ直線を引くと、その先に西陽神社がある。今日は何日ですか?」
「10月8日です」
「ええ。そして西陽神社の例大祭がある日です」
「へえ・・・」
それは知らなかった。
そこで山崎は腕時計を確認すると、再び階段を上がろうとした。
「いやいやだから、立ち入り禁止なんだってば」
「止めようったって無駄です」
仕方なく俺もロープを跨ぐ。
いきなり足元が埃っぽくなっていたが、山崎はそれすらも気にならないらしく、トントンと階段を上がっていった。
俺は先生に見つからないことを願いつつ、その後に続く。
「これは城陽学院に纏わる噂の領域を出ませんけれど、かつて西陽神社の例大祭があった日に、この城陽学院でそれはそれは不思議な超常現象が起こったそうです」
「ほうほう」
やっとそれらしい話になってきた。
「太陽が地平線からちょうど45度の高さになる頃、真っ直ぐにその光を浴びて、六芒星が浮かび上がる場所。そこに西陽神社の例大祭により、地上へ充満した神聖なパワーが集結する・・・・それがこのレイラインの最大の謎とさえ言っていいと、あたくしは断言いたしますわ」
「45度の角度からの太陽光線に・・・六芒星っすか」
「六芒星はおわかりになるわよね」
「さすがにわかります」
線で描いた6つのポイントを持つ星型のことだ。
「城陽学院高校の大時計の針を、じっくりご覧になったことがありまして?」
「へっ・・・?」
聞かれて、改めて思い出そうとする。



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