文字盤はローマ数字で、その表面を回転する黒い針は、途中が植物を絡み合わせたような・・・いや、一見そう見える、複雑な幾何学模様の透かし彫りになっている。 「あら・・・鍵がかかってますわね」
「その長針と短針が重なり合ったときに浮かび上がる模様が、六芒星・・・」
「な、なんだってえぇ!」
・・・と。
「あたくしもこれに気が付いたときは、興奮のあまり一晩じゅう眠れませんでしたわ」
調子を合わせて言ってみたものの、ちっともピンと来ない。
全然寝られる。
よく考えたら正三角形を逆さに組み合わせたら、六芒星なんて簡単にできるじゃないか。
あれだけ、ごちゃごちゃとしたデザインなんだから、中にはそのぐらいの模様が出来あがっても不思議じゃないだろう・・・見てないけど。
そこまで考えて、今度は自分の腕時計を見てみる。
「つまり、その超常現象を見るために、時計台へ行こうとしてるってことはわかった。それに太陽の角度が45度ぐらいになるってのが、ちょうど今ぐらいだってことも・・・ただ、ひとつ疑問があるんだが」
「仰って」
「長針と短針が重なる時刻ってのは、もう過ぎちまってるぞ?」
今は12時50分。
超常現象が起きるとしたら、すでにそのイベントを見逃してしまっている気がするのだが・・・、そう考えると、少しばかり残念な気がする。
べつに信じちゃいないが、どうせならもう小一時間ほど早く教えて欲しかった。
「あと15分ほどお待ちになったらいいじゃありませんの」
「え・・・?」
「誰も12時だの零時だのと、申しておりませんわ。長針と短針は一日24回重なり合うんじゃありません?」
「あ・・・」
そうだった。
「それに12時では、まだ50度ぐらい太陽の高さがありますから、少し時間が早いですわ。事前の調べでは、45度になるのは、午後1時ぐらいがちょうど良いんですの。ですから、今ぐらいが持ってこいのタイミングなのですわ」
「そうですね・・・」
なんだかものすごく恥ずかしい・・・俺、小学生からやり直した方がいいかもしれん。
「ついでに言うと、15分も待つ気はありませんわよ」
「は?」
山崎が屋上の扉へ手をかけながら言った。
「さきほども申し上げましたが、45度の高さになるのが、およそ1時・・・正確にはたしか12時55分だったと思います。ですから、その時間に六芒星を作りますのよ」
「どういうことだ・・・?」
「時計の針を回します」
「な、なんだってぇ・・・!?」
今度こそ俺は度肝を抜かれた。
結局俺達は、そのまま屋上への出口で立ち往生していた。
うちの学校の屋上は立ち入り禁止になっている。
ということは、屋上への扉は鍵がかかっていて当然だった。
時計の機会室はこの屋上に建っているペントハウスがそれにあたる。
「諦めたほうが、いいんじゃないのか?」
機械室に行けないんじゃ、時計の針なんて回せないだろう。
壁を伝って上がる、とか言い出さない限り。
もちろんそんなことを言われたら、俺は御免蒙るが。
「窓でも開いてないかしらね・・・あら」
そう言いながら、山崎が扉の並びにある窓に手を掛けた。
「空いてるわけ・・・」
山崎が窓をガラリと開けていた。
「なんで開いてんだよ!」
「時間がありませんわね。参りましょう・・・はっ!」
そう言って、掛け声とともに山崎が窓枠に手をかけて、よじ登る。
一瞬で膝と太腿が丸見えになった。
「あのぉ・・・ええっと」
ひょいひょいと窓枠から足を伸ばし、あっという間に山崎が屋上へ乗り移った。
「何をなさっているの? 早くいらっしゃいな」
「ああ・・・今、行く」
意外とお転婆なんだなぁと思いつつ、よく考えてみれば、以前にも山崎が遊歩道の土手で足を滑らせたとき、怪我をした足で、斜面を軽快に駆け降りていたことを思い出した。
なんというか、外見と中身がまったく釣り合わない女だ。
そもそもこのオカルト趣味というのも、お嬢様然とした雰囲気とはそぐわない。
まあ、山崎はそこがいいのだが。
どうでもいいが、下からスカートの中を覗かれたときにはあれほど怒っていたくせに、・・・・いや、あれも俺に言わせれば、不可抗力だったのだが・・・・、こうして自分から、際どいところまで脚を剥きだしにすることには、結構無頓着なようだ。
それ以上に、今は目先の超常現象へ夢中になっているから、気にならないということなのだろうか。
とりあえず、俺も山崎の後を追う。
屋上からは街全体が見渡せた。
まず目につくのはスポーツ文化公園のキラキラとしたガラス天井・・・あれは熱帯植物園だろう。
それに、陸上競技場のトラックや、総合体育館の丸天井、もっと向こうに、この山崎が通っている城南女子学園の緑豊かな校庭と、東西へ一直線に伸びている学園都市線の線路、臨海公園駅・・・その手前の住宅街のどこかに、峰の家がある筈だ。
線路の向こうに続いている長い屋根は駅前商店街で、その一部を隠している大きなビルディングが城東電機、・・・さらに向こうに見えるこんもりとした茂みが一条邸・・・、ここからでは小さな公園ぐらいにしか見えないが、その敷地面積は城陽学院よりも、城南女子学園よりもずっと広大だ。
町並みの彼方にある、なんとなく明るい光は海だろう。
反対側を見渡せば、国立公園の巨大な森。
遊歩道は茂みに隠れて見えないが、その出口あたりの住宅街に俺の家はある。
「あれが機械室ですかしらね」
屋上から出てきた突き当たりにある四角い建物。
壁の側面には手摺付きの階段があり、その上は円柱のタンクが載っている。
「いや、給水タンクがあるからあれは違うな」
あちらは東棟になるということだ。
「ということは・・・あらひょとして」
山崎が今出て来たペントハウスを振り返る。
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