「時計台があるのは南棟のまん中だから、どうやらここみたいだな」
ペントハウスはさらにもう2階ぶんほどの高さがあり、その部分だけが突出して高かった。
もう一度窓から中へ入り、上へあがることのできる階段を探す。
「ひょっとして、ここかしら」
山崎が扉を指して言った。
シンプルな金属の扉のそこは、特に表示もなくしかも鍵がかかっていた。
「入り口ってここしかねえよな・・・」
「少し探してみましょうか」
そう言うと山崎はもう一度窓から屋上へ飛び出す。
スタンという着地音が聞こえ、振り向いたときには姿も見えなかった。
「フットワークの軽い奴だな」
俺も後に続く。
「おーい、山崎。どっち行ったんだ?」
そのとき、ガラッという窓を開けるような音が聞こえ、俺はそれが聞こえる方へ走る。
「ありましたわ、ここですの!」
興奮を隠しきれないような山崎の声が聞こえた。
「お前、またそんな窓からなんて・・・」
角を曲がると、既に山崎が、窓枠から建物内へ侵入するところだった。
俺も同じように中へ入り直す。
「なんだこれ・・・」
足元は細かいガラスの破片や、風雨で運びこまれた土埃が重なり合い、上靴で踏みしめる度にジャリジャリと鳴っていた。
さらに部屋の片隅には、煙草の吸殻が幾つか落ちており、その何本かはそれほど古いものではなかった。
ガラスの破片はどうやら、俺達が今入ってきた窓ガラスが割れた残骸らしく、山崎がスライドさせた窓に、およそ20×30センチほどの歪な穴が空いて、残りは蜘蛛の巣状にひび割れている。
ということは、俺達が入ってきた経路はすでに誰かにより開拓済みで、その彼、もしくは彼女達は、授業をサボりときおりここで煙草を吸っているということなのだろう。
これは鉢合わせしないうちに、お暇した方が良さそうだった。
「これかしら」
また山崎が何かを見つけ、興味を示している。
「なあ山崎・・・あまり長居しないほうが」
「あら開きませんわね」
「お前、何やってんだ?」
1メートル四方ほどの表面積を持つスチールの箱の扉に手を掛けて、山崎はまたガチャガチャとやっていた。
「この中に、時計の動力部分があるんじゃないかと思ったのですけれど」
「開くわけねぇだろ・・・っていうか、歯車とか見てお前動かし方、つうか狂わせ方わかんのかよ・・・」
「機械いじりは殿方の仕事じゃありませんか」
「俺がわかるわけねえだろ・・・ん、あれじゃねぇか、ひょっとして?」
ふと見上げると、山崎がこじ開けようとしていた箱から幾つかの金属棒が伸びていて、その上に、まさに複雑に組み合わさった大きな歯車を見つけ、そこから眩い外光が入って来ていた。
まさしく時計の動力部だ。
「わかりましたわ、あそこから昇るのよ」
山崎が指さした方向には、歯車へ向けて木製の梯子がかけてあった。
だが、今にも崩壊しそうなその梯子はもとより。
「いや、だから俺は動かし方なんてわかんねって・・・」
「そうじゃありませんわ。あそこから手を伸ばすのですわよ」
山崎が時計の裏の、ただ一点を強く見つめていた。
複雑に重なり合う歯車と、その少し上に逆光ながらも確かに見える僅かな隙間。
硝子越しの眩い外光に浮かび上がる、ローマ数字の反転文字と11時6分・・・いや、12時54分を差す針の角度。
その真裏あたりに確かに見える四角い窓。
扉は、少し開いている・・・鍵がかかっていないか、それとも壊れているのだろうか。
俺は梯子に手と足を掛け、一段ずつ昇って行った。
「12時55分だって言ってたよな・・・」
踏みしめる度に、ガタガタとステップが揺れ動く。
木と木の繫ぎ目が、緩んでいるのが嫌でもわかってしまう。
「ええ・・・ですけれど、少しぐらいなら遅れても平気だと思いますわ・・・それに、何も起こらなければ、それはそれだけのことですし。それよりも、あわてて足を踏み外さないように、気を付けてくださいましね」
俺の動作がよほど、おっかなびっくりに見えたのだろうか、今更ながらに山崎が心配をしてくれた。
「何言ってんだ・・・、ここまで乗り込んで来て何も起こらなきゃ、来た意味がないじゃねぇか。・・・っていうか、そういやこれから一体、何が見られるんだっけ?」
西陽神社の例大祭による強力なパワーと、レイラインで結ばれる城陽学院と、きっちり45度の角度から差し込む太陽光線に、時計台の針が重なり合って出来る六芒星の影・・・・で、俺はその先を聞いていなかったことを、今になって気が付いた。
「ですからそれは、・・・・・あっ!」
山崎が微かな悲鳴を上げた。
それと同時に俺は梯子の一番上に到着。
間近に見る、時計台の動力部。
かなり耳触りな音を立てて、確かな時を刻む音。
そういえば、子供の頃やったゲームに、大時計の歯車に巻き込まれたり、時計の針に刺されたりしないように進むシーンがあったような気がする・・・。
突然大きな風が吹き付けて、俺は思わず目を細める。
その時・・・。
「おい、原田っ!」
「うわっ・・・」
落ちる・・・。
「きゃあああっ!」
そう思った瞬間、天井がグラリと回転した。



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