職員室でこんこんと説教を受けること、約30分。
ようやく許してもらえた俺は、そのまま加賀先生の背中におんぶされて、昇降口へ向かっていた。
「あの、もう大丈夫ですから下ろしてもらえませんか?」
「遠慮せんでいいぞ、原田なんか軽いもんだ」
「いや、そういう意味じゃないんですけど」
これでも体重は60キロ近くあるのだが、体育大卒業の加賀教諭にとってみれば、軽いもんなのだろう。
梯子でバランスを崩して落下した俺を、映画かドラマのワンシーンのように、両腕でキャッチしたのは加賀教諭だった。
先生は大時計の扉が開いていることにグラウンドで気付いて、閉めるために上がって来ていたらしい。
「錠が弱っていてなあ・・・ちょっと強い風が吹き付けただけで、ああやってすぐに開いちまうんだよなぁ」
俺を叱りつけたあとで、そう教えてくれた。
「そうだったんですか。ところで、フラッグ戦のあれは先生の趣味ですか?」
「ん・・・、なんか気になったか?」
「いや、べつにいいです」
自覚がないのならツッコむまい。
「俺の事は、基地司令と呼んでくれていいぞ」
「呼びませんから」
「副司令は小早川先生に頼みたかったんだけどな・・・。救護席を空けるわけにいかんと断られた」
「体育祭なんだからあたりまえでしょう。っていうか、保険医がどこかのクラスに加担しちゃ駄目じゃないですか・・・まあ、俺もピッタリだと思いますけど」
ちなみに元ネタは、サブキャラながらインド人基地司令がとてもカッコいい、軍事物アドベンチャーゲーム(18禁)である。
副司令兼天才博士役の色っぽいお姉さんが、白衣の下にピッチリとしたミニタイトの軍服を着こなしていて、なんともたまらないのだ。
主人公は、他が女性ばかりのヴァルキリーズという愛称を持つ小隊に配属されるのだが、ここのキャラクター達は元々同じメーカーから出ている別作品のヒロインで、これがまた全員個性的で素敵な女の子達だ。
「お前も好きだなぁ、原田」
「ほっておいてください」
個人的には同系列のゲームの中で3本指にカウントしている。
「ところで、城南女子の生徒と一緒にあんなところで何をやってたんだ」
「はあ、それが実は・・・」
俺の話を聞いた先生は、天を仰いだかと思えば、次には長く大きな溜息を吐いた。
「俺が知っている限り、お前で5人目だ・・・まったく、ガキってのはどうしてこう、そういう怪談とかミステリーなんとかってのに、すぐ飛びついちまうんだろうなあ」
「俺は引っ張られて行っただけですって。言い出したのは山崎のほうで・・・ッテ」
おんぶをされたまま、拳でケツを殴られた。
スウィングは小さい筈なのに、結構痛い。
「女に責任を押し付ける奴があるか。大体なぁ、あんな美人を人気のないペントハウスに連れ込んだんなら、もっと他にやることがあるだろう」
「いやだって、あそこガラスの破片とかいっぱいで、とてもそんな・・・じゃなくて、生徒に何を唆してんですか!」
それでも教師か、びっくりするわ、本当に・・・。
ちなみにその美人は、さっさと一人で帰ってしまった・・・一応俺の軽傷を確認してからではあるが。
「手をつないだり、キスしたりするだけなら、別に足元に何が落ちていようが関係ないだろうが。何考えてんだ、このスケベ野郎め」
「紛らわしい言い方をしたのは先生の方でしょう。・・・・・でも、結局なんだったんだろう、山崎が言っていた超常現象って」
「なんだ、お前訳もわからずその子に付き合っていたのか?」
「はい、まあ・・・先生知ってます?」
「俺も気になってはいるんだが、よくは知らんな」
「そうなんですか」
まあ、いずれ山崎本人か江藤あたりにでも聞いてみよう。
「ところで、本当に保健室へ寄っていかなくていいのか? 足挫いてたりしたら、このあと厄介だぞ」
「大丈夫です、先生が助けてくれましたし。・・・先生こそ大丈夫なんですか?」
加賀教諭は俺を見事にキャッチしてみせたが、その直後にバランスを崩して後ろへ倒れていた。
俺は先生の鉄壁のディフェンスで、足首を少し捻った程度で済んだのだが、先生は肘を大きく擦り剥いていた。
傷口にはガラスの破片が沢山こびり付いていたし、絶対に痣にもなっていた筈なのだが、パンパンと破片を払い落とし、こんなもん唾つけときゃ治ると、野性味あふれる口調で宣言すると、涼しい顔をして俺を担ぎあげた。
まあ実際血はすぐに止まったみたいなのだが、細かい破片が入っていたら大変だし、一応消毒した方がいいと思うのだが。
少なくとも、俺を抱えている場合ではないだろう。
「お前とは鍛え方が違うよ。今度見せてやろうか、俺の見事な筋肉美を。惚れるなよ」
「結構です・・・っていうか、何を見せられても先生には惚れませんから、安心してください」
「なんだつまらんな」
「見せたかったんですか・・・」
「その気になったらいつでも言ってくれ・・・そら、頑張って立てよ」
昇降口へ到着し、漸く先生が俺を床へ下ろしてくれた。
「いや、絶対になりませんから・・・あの、先生ありがとうございました」
最初に肘を見る。
傷口に細かい血液がこびり付いていて、表面が全体的に黒っぽく汚れていた。
早く洗い流さないと化膿しそうだ。
「なあに今にも泣きそうな顔して見てるんだ。心配せんでもこのあとすぐに保健室へ行くよ。そろそろ小早川先生が戻って来られる時間だからな」
「あ、・・・ひょっとしてそれを待っていらっしゃったんですか?」
「男としちゃお前もなかなか綺麗だが、どうせならむっちりボディを見ながら手当してもらった方が、いいに決まってるからなぁ」
「はあ・・・・」
まったくこの先生は。
そして加賀先生が、ガハハハとひとしきり笑ったあとで。
「・・・原田、もう二度とあんな真似するんじゃないぞ」
そう言って大きな手で俺の頭をゴシゴシと擦った。
「わかりました」
「本当に肝冷やしたぞ・・・・まったく、俺が行かなかったらどうするつもりだったんだ」
「反省してます」
また説教が始まるのかと思い、こっそり溜息を吐きながら身構えていると。
「それから、一応あの子にも教えといてくれるか? あんな場所に行ってもあまり意味はないってな」
「どういう意味ですか?」
「学校の時計はあそこも含めて、全部職員室で一括管理されてるんだ」
「えっと・・・でも、じゃああの機械室は一体」
「昔はあそこで調節してたみたいだな。でも、今は動力も高精度のムーブメントに入れ替えられて、親子時計になっているんだ。だって、教室と職員室、時計台、グラウンド・・・全部ちょっとずつ狂っていたら、どれを信じていいのかわからなくて不便だろう」
「そういや、そうですね」
「そりゃあ、確かに原田がやったみたいに、直接手を伸ばして針を動かせんこともないし、実際ああいう扉が付いてるっていうのは、ずっと昔はそうやって合わせていたってことなんだろうが・・・・それはまあ、二度とせんでほしい」
「すいませんでした」
「・・・わかったら構わん。じゃあ、俺はもう行くから、そこで俺を睨みつけてる野郎にも、事情説明してちゃんと謝っといてくれ」
「えっ・・・?」
そのあと俺は昇降口の入り口で、ムスッとした顔で俺を待っていた篤が機嫌を直すまで、30分ほど時間をかけて言い訳をさせられた。
『城陽学院シリーズPart2』へ戻る