8.『汗と涙の3on3』

加賀教諭と別れて席へ戻ってみると、すでに午後一番のプログラムである3on3が始まっていた。
フェンスで囲われた3面の特設コートを使って行われる、このバスケットボールの試合は、全学年一斉参加のトーナメント方式で、クラス対抗戦として開催される、体育祭中のちょっとした大きなイベントだった。
発案者は現在試合中である、我がクラスの体育祭実行委員長、山村早苗。
彼女はこの夏までバスケ部所属のレギュラーだった生徒であり、もう一名のメンバーである、2年までバスケ部に所属していた野口恵理子(のぐち えりこ)の親友だ。
野口は試合中の怪我が元で、2年の終わりに退部していた。
なかなか怪我が治らず、一時期不登校になっていた野口は、それでも長期間のリハビリの末に、再びこうしてコートを走れるまでに復活を遂げた。
それをずっと傍で支えていたのが山村だった。
だからこの大会は、一足先にバスケ部を引退してしまった野口のために、山村が考え出したプレゼントという噂である。
「里子〜、がんばって!」
フェンスにしがみつくようにして、川口がひときわ高い声でエールを送っていた。
山村と野口と、そしてもうひとりのメンバーが、体育の授業以外でバスケをするのは、恐らく初めての江藤。
江藤はこの夏まで剣道部に所属していた元副主将であり、けして運動神経の悪い奴じゃないのだが、他の2名が元バスケ部レギュラーということで、動きは明らかに見劣りする。
結果・・・。
「江藤さん後ろっ・・・!」
真後ろから二人の大きな背中が、身長153センチの小柄な女の子をさっと覆い隠したかと思うと、次の瞬間その2名が巧みなコンビネーションを見せながらゴールへ向かった。
そして対戦相手である、1年A組の応援席が歓声に包まれる。
試合開始からわずか3分。
この時点ですでに3−Eはトリプルスコア以上の得点差で引き放されていた。
「相手が悪すぎるな・・・」
苦々しそうに、隣に立つ峰が言った。
「そうなのか?」
「あいつら全員、元二葉中のバスケ部レギュラーで、県のジュニア選抜だ。去年うちの高校が運動部強化のために、近隣中学からスカウトしまくっていたって噂があったが、たぶんその連中の一部だろうな」
げっ・・・・、そりゃまた運のない。
山村もインハイで良い所までいったが、野口はここまで治ったとはいえ、まだ完全復帰というわけではない。
江藤はもちろんド素人。
3年対1年とはいえ、ここまで差があると、やはりそれは大きくついてしまう。
ゆえに、当然江藤が狙い撃ちにされ、ダッシュが利かない野口がドリブルで引き放されて、山村がカバーで手一杯になってしまって、結果・・・。
『試合終了! 8対34で1年A組勝ち抜けです!』
インハイ経験者がいる3年への勝利、それも大勝ということで、1−Aの応援席からドッと大歓声が起こる。
勝者達はその歓声へ応えるように、颯爽とフェンスへ駆けより、勝利の凱歌を上げていた。
それを見送った山村は、まず野口の所へ行き、ギュッと固い握手を交わすと、その手を引きながらコートに茫然と座り込んでいた江藤の傍へ歩いて行った。
江藤は顔を涙でボロボロにして泣いていた。
それを庇うように二人が座り込んで頭を撫でたり、話しかけたりしている。
なんだか、胸が締め付けられるような光景で、見ていられず、俺はその場を離れた。
荷物が置いてある自分の席へ一旦戻り、スポーツドリンクのペットボトルを手に取ると、3on3トーナメントと同時進行でグラウンドで行われていた、チアリーディングのパフォーマンスを眺めつつ、ぼんやりと花壇脇のアスファルトを歩く。
軽快な音楽に載って、ポンポンを持ったミニスカートの女の子達が、弾むような掛け声とともに、立体的なダンスを見せていた。
父兄のほとんどは、こちらがメインの演目だと思っているのか、特設コートのトーナメントにはあまり興味を示さず、グラウンドへ拍手を送っていた。
ここぞとばかりにビデオカメラを回す、父親達の数が半端じゃない。
『男子クラス対抗リレーに出場する選手の皆さんは、第2ゲート前に集合してください。繰り返します男子クラス対抗リレーに・・・』
場内アナウンスが聞こえ、特設コートから駆け足で出てくる峰の姿が見えた。
「おっ・・・」
ほぼ同時に、反対側のフェンスの出入り口から、トボトボと歩いて来る、今にも死にそうな小さな影を認める。
俺はその小柄な背中を追いかけた。






『城陽学院シリーズPart2』へ戻る