『大騒ぎの仮装障害物競争』


「遅いっ!」
「悪い・・・」
場内アナウンスが聞こえてのち、たっぷり10分以上も遅刻して第2ゲートへ向かった俺は、実行委員の腕章を付けた山村にこっぴどく怒られた。
江藤と別れる直前、そろそろ集合だと俺を呼びに来た山村へ適当に返事をしていた俺は、そのままトイレへ向かった。
するとそこへなぜか峰がやって来て、これから出番だから鞄を預かって欲しいと言われたのだ。
俺はそれを受け取ると、そのまま直江と一緒に、峰がアンカーを務めるクラス対抗リレーを観戦した。
そのうち仮装障害物競争の集合アナウンスが流れたので、俺は直江に峰の鞄を預けると、今度こそトイレへ行った。
用を足して戻ってみると、なぜか俺は直江に泣きつかれた。
「ひどいよ原田っ、あんなものを俺に持たせるなんてっ・・・!」
「な、何だよ一体・・・」
涙で顔をグシャグシャにした憐れな直江は、俺がトイレへ行った1分後、突然数十匹の猫に囲まれて動けなくなってしまったらしい。
原因はどうやら峰の鞄にあったらしく、中には遠隔装置付きマタタビ袋が取り付けてあった。
それは遠方からのリモコン操作で小規模爆発が起こる仕組みになっていて、破壊された袋には1リットルのマタタビエキスが入っていたらしい。
「で、一体どうやって脱出したんだ?」
俺は直江の鼻水をティッシュで拭ってやりながら聞いた。
「どこからともなくすっとんできた江藤が鞄を預かって逃がしてくれた。・・・あいつはさすがに勇敢だな。自分だって充分傷ついていた筈なのに、ピンチに陥った俺を助けてくれるなんて」
「いや、それはむしろ江藤にとっての極上ハーレムだから、気にすることはない」
千の言葉を費やした俺の慰めよりも、一瞬の猫天国で機嫌を直したに違いない、江藤の様子が容易に目に浮かぶような話であり、俺は少しだけ情けなくなっていた。
まあ、江藤が元気になったなら、それはそれで良かったのだろう・・・ちゃんと峰に鞄が返ったかどうは知らんが。
「で、なんであんな物を峰が持ち歩いていたんだ?」
「さあな・・・まあ、少なくとも好きで持ち歩いていたわけじゃないだろう」
おそらくは最初の入場行進あたりを見た一羽の兎が、タイツの膝を汚しながら近隣の猫を手懐けまくり、こっそりと兄の荷物に仕掛けをした。
そして今のリレーを見て完全にブチ切れた彼女が、リモコンのスイッチに指をかけたのだろう・・・。
峰以外に対しては悪意のない、ささやかな美少女のそんな悪戯が、不幸にも誤爆して事情を知らない一名を震えあがらせ、別の一名を悦楽の海へ投げ込んだとか、その辺に違いないと俺は的確な推理していたのだが、時間がないので説明は端折った。
そして、猫責めによる震えが中々収まらず、すっかりトラウマになってしまったらしい直江を慰める目的で、気が付けば抱きしめながら、よしよしと背中を撫でていた、優しい俺は・・・。
「うわっ、やべぇ・・・もうこんな時間だ」
気が付けば集合時間を10分も過ぎていた。
「原田・・・」
慌てて立ち上がった俺は、直江に呼び止められて振り向いた。
すると、同時に立ち上がっていた直江が俺の肩に手を置いて。
「何だ、なお・・・んむっ!?」
「ありがとうな、頑張れよ!」



・・・とまあ、いろいろあって、俺は集合時間からしっかり10分以上も遅刻して、山村を怒らせたというわけだが。
「もしも終わった後で、まだ峰が手ぶらで歩いているようなら、桃源郷まで江藤を迎えに行くとするか」
俺は別れ際にどさくさに紛れて奪われてしまった口唇を、赤くなるまで手の甲でゴシゴシと擦りながら、そんなことを呟いた。
とりあえず、体育祭が終わったら、帰りに自然食品屋へ寄ってマタタビの実を箱買いする。
そして明日の早朝から国立公園へ潜入し、手当たり次第に猫を手懐けまくって、登校時間前までに、直江の家の近所へ全部放す。
それから、奴の家の半径10メートル範囲内にまんべんなくマタタビを撒き散らし、辺り一面を猫の海にしてやる。
「そろそろ出番なんで、先輩達は整列してください」
1年のモテない実行委員が呼びに来て、俺は第3走者の列へ整列した。
山村は俺を叱った後、すぐに実況席へ戻ったようで、スピーカーからは再び彼女の声が聞こえている。
レースは1年と、2年女子がすでに終了し、現在は2年の男子が走っている。
この次に走るのは3年女子で、俺達3年男子は、最終レースというわけだ。
トラックではすでに半分ほどがゴールをしていた。
着替えに手間取った2名が、最終コーナーで走りにくそうに4位争いをしている。
1名は狸の着ぐるみと、もう1名はスクール水着姿だ。
「・・・ちくしょう、見るんじゃなかった」
当然、どちらも男である。
着ぐるみは普通に着替えに手間取って、スク水は心の準備に手間取ったのだろうと思われた。
そして3年女子が位置に着く。
うちのクラスからは、頑張って登校してきた根元が出走するようだ。
C組は雪島だった。
スターターピストルが鳴り、全員一斉にスタートを切ると、まずは3つ並んだハードルを超えてゆく。
そして、トラック中に設けられたパーテーションの中へと消え、暫し待つ。
中から、「え〜っ!」とか、「きゃあ〜!」などという、テンションの高い声が聞こえ、出てくる迄の時間は千差万別。
まず、1コースの扉から出て来たのは雪島。
迷彩カラーの繋ぎに緑のベレー帽、片手にM16を抱えている。
ベレー帽には2本の交差した矢と短剣のクレスト・・・グリーンベレーの扮装だ。
「やべぇ〜っ、かっちょかわえぇ・・・!」
「なんかこう・・・ロングヘアを靡かせて、機関銃持ってる女の子っていいよな」
隣に並んでいる、A組とD組の奴らが大いに萌えていた。
『さあ、続いて出てきたのはB組の播磨さん・・・おおっとこれは龍馬だ! 公共放送の日曜連続ドラマが終わっても日本の永遠のヒーローだ!』
癖のある肩までの髪を無造作に後ろで結い、紋付袴姿に帯刀で出て来たスラリと背の高い2−Bの女子。
そのワイルドさに、応援席から甲高い歓喜の悲鳴が一斉に上がる。
「なんつうか、まあ・・・負けたって感じだな」
「ああ・・・あいつ、女の癖に剣道部でも女子にモテモテなんだよ。反則だよな、畜生・・・」
さきほどまでミリタリーコスに萌え萌えだった奴らが、途端に萎びていた。
『龍馬がアメリカ特殊部隊兵を猛追します・・・! その後ろを追いかけて来たのは、これは・・・これは・・・切り裂きジャックだ!』
5コースから出て来たのは、シルクハットにマントを羽織ったイギリス紳士・・・風の根元だ。
ただし手に持っているのはステッキではなく血の付いたナイフ・・・・もちろんペイントだが。
確かにこれは、切り裂きジャックのようだ。
『ジャックがグリーンベレーと龍馬を追いかける! グリーンベレーと龍馬の差が縮まっているが、M16が重すぎたか!? 続いて出て来たのは、第2コース。これはなんと人ではない! 人ではないとすれば何だ・・・!?』
実況が疑問形になっていた。
2コースから出て来た3−Dの扮装は、頭と翼はコウモリなのだが、赤いショートパンツに黒いタイツと黄色い大きなシューズを履いて、さらにネズミのような尻尾が生えていた。
さらに運転手のような白手袋を嵌めている・・・頭と翼を除けば、どこかで見たような格好なのだが。
『これは・・・UMAだ! UMAが切り裂きジャックを猛追する! さあ、さあ残るは3コースのA組だ、A組はまだか!』
だんだん山村の実況が投げやりになってきた。
「UMAのコスプレってなんだよ・・・」
ふと見ると実行委員達が俄かに騒いでいる。
そして徐に1年生らしき実行委員の腕章をつけた女子が、アメリカ大手某アニメーション会社の有名なネズミキャラクターっぽい被り物を手に持って、トラック脇を泣きながら走り始めて、それをすぐに、先輩らしき実行委員に止められていた。
「・・・間違えたんだな」
「間違えたな」
隣のD組とA組の奴らが、同情的な声で頷きあっていた。
まあ、著作権的に色々と面倒な会社だから、これはこれで良かったのではないかと思う。
それにしてもネズミキャラクターとコウモリをどうやって間違えたんだろうか。
『ようやく出て来ました、これはええっと・・・・天照大御神(あまてらすのおおみかみ)です!』
山村が口角泡を飛ばさん勢いで、ゴトッというノイズとともに叫んだ。



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