ノイズはおそらく、マイクを乱暴に握りしめたときに入ったものだろう。
その瞬間に、場内がドッと湧きあがる。
すると天照大御神が、歓声に驚いてしまったのか再びパーテーションの奥へ引っ込んだ。
『あぁ〜っ、天照大御神が天岩戸に雲隠れか・・・っ! 天鈿女神(あめのうずめのかみ)はどこだあ〜!』
もはや山村もノリノリである。
その間にUMAはネットの下を潜り抜け、切り裂きジャックは平均台を渡り切り、龍馬は最終コーナーを回ろうとして、バランスを崩し、帯刀していた鞘尻を足に絡ませて転んでいた。
グリーンベレーが最後の100メートルを独走する。
相変わらず雪島の身体能力の高さは半端じゃない。
だが、そこでなぜかゴールの白テープが回収されて、戸惑ったらしい米国特殊部隊兵が速度を落としていた。
その間に天照大御神がもう一度出て来て、ようやく走り始める。
出て来た姿を見て一度引っ込んだ理由を、なんとなく把握した。
どうやら小道具を付け忘れていたようである。
『これは、軍神バージョンの天照大御神だ! 乱暴な素盞鳴尊(すさのおのみこと)を天照大御神が怒りの矢を持って迎えるぞ!』
なんだか実況が神話になっていた。
「しかし、あれはちょっと気の毒だよなぁ」
「何キロぐらいあるんだろうな。片岡、大丈夫かなぁ」
天照大御神と同じA組の奴が心配していた。
それも無理はない。
軍神天照大御神は、金の冠を頂いた角髪に束帯、そして矢を詰めた靭を背中とお腹に抱え、ヨタヨタと走っていた。
すぐ前にいたUMAが、どうやら見かねたらしく、ネットを潜り抜けた地点で足を止める。
根元も平均台を降りたところで止まっていた。
実行委員の同情的な視線を前に、雪島もゴール前で立ち止り、龍馬だけが日本の夜明けを止めてはならないと、本気で走り続けて、遂にグリーンベレーも抜かしたが、実行委員がテープを下ろしたままなので、仕方なくやはりそこで止まってしまった。
とうとうUMAが天照大御神を手伝い始める。
ごめんね〜・・・などという会話も聞こえそうな雰囲気のなかで、UMAは天照大御神から靭を一つ受け取り、根元も平均台の横を通りながらコースをバックしてくると、さらに背中の靭を持ってやった。
「がんばれ〜神様〜!」
「えらいぞー宇宙人と殺人鬼!」
神様、UMA、殺人鬼の熱い友情に、応援席から盛大に歓声が上がり始めた。
ゴール前では龍馬とグリーンベレーが、すっかり立ち止って、3人が来るのを待っている。
『これはなんとも、感動的な光景です。時代を超え、種族を超え、宇宙を超えた熱き友情! これこそが、スポーツの醍醐味ではないでしょうか!』
それはなんか違うと思うぞ山村・・・。
「なんだかなぁ・・・」
「ええっと、これって一体、何の競技だっけ」
隣の連中も呆気に取られて見ている。
『いよいよゴールです・・・皆様、拍手を持ってお迎えください!』
「よくやった5人とも!」
「神様、頑張ったぞー!」
「みんな偉いぞ!」
最後は5人揃ってゴール。
『ただ今の競技につきましては、判定はなしとさせて頂きます』
山村からマイクを奪った加賀教諭が、代わってアナウンスした。
あのイカれた先生も、一応空気を読んだようだった。
「まあ・・・やっぱり神様を負けさせちゃ、不味いよな」
「龍馬がグリーンベレーに負けるっていうのも、日本人としちゃ気分悪いしね・・・」
「これで良かったんじゃないの?」
あちこちからそんな声が聞こえてきた。
とりあえず、この直後に出走する俺達が、非常にやりにくいムードになってしまったことだけは間違いない。

 

「先輩達、並んでください」
また例の1年が呼びに来て、俺達はコース上に立たされる。
『次は3年男子の出走です。1コースは3年A組・・・』
「ううっ・・・なんか走り辛ぇ空気だな」
隣のコースのD組の奴が言って、俺は顔を見合わせ、二人で苦笑し合った。
さきほどの女子のレースで盛り上がっていた応援席の興味が、山村のアナウンスで変わらぬテンションのまま、スタート地点へ向けられて、妙なプレッシャーを俺達は味わうことになっていた。
次は、何を見せてくれるのだろう・・・そういう期待に満ちた視線だ。
頼むからやめてくれ・・・普通のレースだ。
すると。
「先輩、もう少し下がってください」
実行委員から注意された。
例の1年だ。
「ああ、悪ぃ・・・って、えっ?」
白線から出ていたのかと思い足元を見ると、全然そんなことはなかった。
「おい、ちゃんと並んでんだろうが・・・」
文句を言おうとそいつを振り返った瞬間、スターターピストルが鳴って、皆が走り出していた。
やられた・・・。
「畜生・・・!」
他の連中はすでにハードルまで到着していて、俺は必死に追い掛ける。
「おい原田何やってんだ〜!」
「しっかりしろ〜!」
うちのクラスから野次が飛んできた。
「ったく、好き勝手言ってくれるぜ・・・!」
俺も遅ればせながらハードルを全部飛び終えて、一番最後に残っていた1コースのパーテーションへ飛び込む。
そして入って、げんなりとした。
「マジかよ・・・こんなの着んの?」





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