綺麗に畳んで置いてあるのは、白い襦袢。
その下は赤いプリーツに、赤い帯・・・・緋袴だ。
襦袢を締める白帯と、白足袋・・・・ご丁寧に草履まで揃えてある。
「おいおい、これどうやって着るんだ・・・?」
とりあえずジャージを脱いで着替えていく。
襦袢はいいとして、白帯でまず迷う。
「ええっと・・・浴衣の要領でいいのかな。とりあえず結んで・・・で、後ろに回したらいいか。んで、問題は袴だな・・・ん、何だこれ?」
ふと見ると、壁に何かのウェブページを印刷した、イラスト入りの紙が貼り付けてあった。
タイトルは『着付け・巫女装束編』とある。
では他に、何編があるのか気になるところだが・・・とりあえず考えている時間はないので、有難く参考にさせて頂き、解説通りに着ていくことにする。
「ええっと・・・ヘラのある方が後ろ・・・っと、こっちか。んで、この帯を後ろで結んで・・・」
着てみると案外袴は簡単だった。
ただし、出来あがりを確認しろとばかりに用意してある姿見が目に入るにつけ、段々心が萎れていったが。
最後に足袋を履いて、草履をつっかけて反対側の扉から出て行く。
『おぉーっ、なんと最初に出て来たのは1コーナーの原田君だ! がんばれー原田くんー! ・・・えっ、ああ・・・ごめん、ごめん、つい・・』
山村のハイテンションな声に、驚いたのは俺の方だった。
見ると確かに、コース上にはまだ誰もいない。
どういうわけか、みんな着替えに手間取っているようだった。
・・・・一体何を着せられているのやら。
スピーカーからわりとはっきりとした声で、「委員長、実況は公平にしろ」と窘める声が聞こえていた。
すぐに加賀先生だとわかった。
俺は50メートルほどコースを走りきると、地面に膝を突き、緑のネットの端を持ち上げてその下をくぐり始めた。
袴自体は案外動きやすい衣装で良かったのだが、問題は草履だった。
「うわっ・・・とと、脱げちまった・・・クソッどこだ・・・」
袴をあちこち翻しながら探しまくって、ようやく脱げた草履を見つけだす。
すると、着物が完全に着崩れ、前が肌蹴てえらいことになっていた。
「げっ・・・帯が解けた」
仕方がないので、もう一度袴の帯を解いて結び直す。
着替えのときには1分もかからなかったのに、ネットに邪魔をされて、かなり手間取った。
『あああああぁ・・・なんということでしょうっ、コース上で巫女さんのセクシーショータイムが始まってしまいました〜・・・!』
ノリノリの実況が聞こえ、応援席から「うおおおおおおおっ〜!」だの、「いいぞ〜、巫女さ〜ん!」だの、「全部脱いじまえ〜!」だのと冷やかす声が聞こえてきた。
オール野郎の声だ。
「畜生、山村の奴、覚えてろよ・・・」
襦袢の合わせ目が、だらしなく開いてしまっていたが、中の帯まで直している時間はないので、諦める。
見つけた草履は、また紛失をすると面倒なので、履かずに纏めて手に持つと、俺は再び膝を突いて、ネットの続きを潜りきった。
もう、髪がぐちゃぐちゃだった。
しかも、その間に一人に抜かされる。
「うわぁやべ・・・っていうか、あれはまさか・・・」
『現在トップは3年A組のマリリン・モンロー! 二位は巫女さん! 3位以下はまだ出て来ません』
「ぐおぉおおおおおおおおおおっ、どこからでもかかってきやがれぇええええええええええっ!」
妙な雄たけびを上げながら、マリリン・モンローが疾走していった。
やけくそなのだろう。
だが、すぐにコース脇の実行委員から止められ、手にしていたハイヒールを履かされる。
その間に俺も草履を履き直し、モンローを抜かして行った。
「あっ、畜生・・・待て・・・あ痛ぇっ!」
モンローが俺を再び追い越そうとして、痛そうな悲鳴が聞こえ、振り返ってみると、まともに前から地面へ転がり、金髪のカツラが半分取れかかっていた。
たぶんハイヒールが邪魔で走れないのだろう・・・そして、中々出て来なかったのは、恥ずかしかったからだろうと予想しておく。
親にこういう姿は、見られたくないよなぁ・・・俺も、冴子さんが来ていないことを心から願った。
平均台に辿りつく。
取り敢えずよじ登って、次にヤバイと思った。
「あ・・・足元見え辛え・・・」
風が吹くたびに袴がふわふわと広がり、平均台が隠されてしまうのだ。
しかも草履の足も結構不安定で、進みにくい。
『アントワネットがモンローを猛追・・・とうとう躱しました。現在トップは巫女さん、2位がマリー・アントワネット、3位はマリリン・モンローです!』
なんだかとんでもない実況が聞こえて一瞬振り返り、非常に醜悪な貴婦人が目に入って俺はすぐに前を・・・いや、自分の足元へ目をおろした。
「なあ、頼む・・・そのままこっち見るんじゃないぞ、原田」
懇願するような声が斜め後方から聞こえてくる。
「松ヶ崎か・・・お前もまた、えらい格好させられてんだな」
B組の委員長、松ヶ崎修(まつがさき おさむ)だった。
彼とは旧館の取り壊し工事に伴う、大掃除以来だ。
こんな形で、再会したくはなかった・・・などと、気取ったセリフが似合わないシチュエーションではあるが、それが本音であり、間違いなく彼もそう思っていることだろうと思われる。
「なに、これもクラス委員の仕事のうちさ。お前もきっとそうなんだろ?」
「まあ、そんなところだ」
「よもや、初恋の君の目の前でマリー・アントワネットになっちまうなんて、思ってなかったけどさ・・・っとっ」
「おい松ヶ崎、大丈夫か・・・?」



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