振り向くと、豪華なドレスを着た貴婦人が、平均台で頼りなくふらついていた。
ハラハラして見ていたが、どうにかバランスを取り直したようだ。
「・・・見られちまったな、畜生」
「松ヶ崎、鬘が・・・」
「ああ、わかってるさ。けど、このぐらいは実行委員も、あとから回収ってことで認めてくれるだろ。・・・それより、今頃あの人も、この俺がアントワネットだって気が付いちまってんだろうな・・・」
彼の声が僅かに潤む。
「初恋の君ってやつか。・・・ここの学校の生徒なのか?」
「いや違う。芸大の学生でさ、今日ここに呼んであるんだよ。終わったら告白しようと思ってさ・・・それがまさか、俺がお姫様になっちまうなんてな。可笑しくて涙が出ちまうぜ」
「松ヶ崎・・・」
「けど、それも仕方ないよな・・・だって、荒井だって、風邪をひきたくってひいたわけじゃない。でもクラスの穴を埋めるのは委員長の仕事だ。俺の恋は終わっちまったけど、原田、お前は頑張るんだぜ!」
「何言ってんだよ、松ヶ崎! そんなことで諦めんじゃねぇよ!」
「原田・・・」
「お前の気持ちはよお〜くわかるよ。察しの通り、俺も同じ事情だからな」
「やっぱりそうだったのか・・・」
「でも、今のお前はすごく輝いてるぜ! それは俺が保障する。松ヶ崎、頑張れよ。頑張って真のフランス王妃になれよ!」
「原田・・・お前、いい奴だな」
「水臭いこと言ってんじゃねぇよ、一緒に旧館掃除した仲じゃねぇか」
「俺はお前を、閉じ込めちまったけどなあ」
「あんときは、ブッ殺してやろうかと思ったぜ。ハハハハハ!」
「ハハハハハ・・・原田、今のはちょっと怖かったぞ」
「まあ、気にすんなって・・・ところで、告白、マジで頑張れよ」
「ああ、俺・・・かならず彼女のハートを射止めてみせるよ」
「いい女なんだろうな、きっと」
「サラサラの長い黒髪が背中まで伸びていて、白いワンピースがよく似合う、清楚な女さ。ちょっとハスキーな声がまた色っぽくてな・・・フランスに留学してて、お陰で2年留年しちまったらしいんだけど、今年卒業で、ずっとバイトしてたデザイン事務所に就職するんだって。そんな頑張り屋のところも、応援してやりたくてさ・・・あ、悪ぃなんか俺ばっかり話しちまって」
「ああ、いや・・・。そうか・・・・俺、ひょっとしたら一度ぐらい会ってるかもしれないな」
「そうだな、芸大に通ってるから、原田も見たことぐらいあるかもしれん」
「ああ・・・」
たぶん俺も、その人に初恋をしたような気がするが、これは言わぬが花ってやつだろう。
「原田と話せてよかったよ。なんか勇気が出て来た」
「そうか。じゃあ、頑張れよ」
「ああ、原田もな」
「当然さ。じゃあ、俺先行くわ」
「おう、俺も髪の毛拾ったら、すぐ追いつくぜ」
そう言って松ヶ崎は平均台を渡りきると、地面に落ちている金髪巻き毛の鬘を拾いに、少しだけ引き返した。
「松ヶ崎!」
その背中を俺は呼びとめる。
「何だ、原田?」
眩しい夕焼けを背に浴びて、アントワネットが振り返った。
「お前に断頭台は似合わないぜ!」
そう言って俺はガッツポーズを作って見せると、すぐに踵を返す。
「馬鹿言ってんじゃねぇ!」
照れ臭そうな松ヶ崎の声が、背中から追いかけて来た。
そしてゴールへ辿りつくと、俺と松ヶ崎はとっくに競技を終了してい撤去作業中だった、実行委員達の白い視線に出迎えられた。
俺達は時間切れのタイムアップで、ランク外ということだった。
その後俺と松ヶ崎が、それぞれのクラスの応援席で、冷たいことこの上ないムードを持って出迎えられたことは言うまでもない。

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