一瞬何の話かわからなかった。
こんな状態だというのに、俺はうっかり篤の言葉を聞き漏らしていたのかとすら思った。
「僕はずっと待っていた。なのに君はメールの返事すら寄越してこなかったよね」
「あ・・・・・」
ようやく彼の「留学」の話だと合点がいった。
篤は先月、ふたたびチューファへ赴いた。
春ほどではないが、それでも1ヶ月近く日本を留守にしていた。
そして今回、彼は俺にも同行を求めてきた。
それを打ち明けられたのは、夏休みが終わる少し前のことで、出発まで1週間を切っていたが、それでも篤はその理由をちゃんと話してきた。
返事もぎりぎりまで待ってくれた。
だから俺は自分なりにじっくりと考えた末に、返事をした。
「僕はそれでも待っていたよ。君にも伝えた筈だよね」
「ああ」
「航空券は届いていたんだよね」
「ああ、届いた」
出発当日の日付で、空港の郵便局から差し出された速達に、それは入っていた。
俺の名前が印刷されている、チューファまでのオープンチケット。
「それが君の返事だってことなのかな・・・卒業後、僕とチューファへ来る気はないと?」
そう。
篤はそう俺に告げた上で、チューファについて来るように言ったのだ。
卒業したら篤はチューファ大学へ進学する。
同時に一条建設の次期社長として、一条家の跡取りとして、彼に課せられた責務を少しずつこなしてゆく。
何年も日本へは戻らないと言う。
だから俺にも来て欲しいと、彼は言ってきた。
そして、俺はそれを断った。
「俺は・・・一緒に行けない」
だから俺は日本に残った。
「・・・・・・・」
暫く篤は黙っていた。
俺も篤と一緒にいたい。
彼を愛している。
どんなに惨めな扱いを受けても、この身を傷付けられても、屈辱的な言葉で酷く詰られても、それは変わらない。
自分で嫌になるぐらい、変えられらない。
けれど・・・!
「・・・・・・・」
俺も、何も言えなかった。
不意に篤が身じろいだとたん、彼のものが身体から抜けて行ったのがわかった。
いつの間にやら篤のものも萎えていた。
俺は支えを失って、マットに胸を押しつけるようにべたりと横たわる。
中から彼が残した物が、腿を伝う馴染み深い感触があった。
ざらざらとした埃っぽい布の表面が、肌に触り、それが酷く気持ち悪い。
篤が無言で立ち上がった。
俺は怖くて、とうとう最後まで目が合わせられなかった。
しばらくして金属のレールを転がすような音が聞こえ、床にオレンジ色の光が鋭く差し込み、すぐにそれが消える。
重たい扉が閉じられて、狭く誇り臭い室内に、静寂が落ちる。

 

グラウンドへ戻ってみると、すでに閉会式が終わったあとだった。
「原田くん、どこ行ってたのよ! 心配するじゃない」
折り畳み椅子を5つも重ねて持ちながら、山村は俺を見るなり駆け寄ってきた。
俺は思わず後退る。
ちゃんとトイレで掻き出しては来たが、シャワーを浴びたわけじゃないから、あまり近寄られると、気づかれないとも限らない。
女の子相手にそれはちょっと気不味い。
まあ、男相手でも言えはしないが。
「ああ、悪い悪い・・・ちょっと知り合いに会っちまってな。つい話しこんじまった」
「それって一条君も?」
「えっ・・・」
「やっぱ違うかぁ・・・一条君は途中からだけど、ちゃんと閉会式に出てたしね。それにしても、巫女さんのまま、話してたの? 原田君、着替えたのついさっきでしょう」
「あ、ああまあな・・・ははは」
どこかで見られていたらしい。
この話題はとっとと終わらせるべきだろう。
そこへ。
「原田」
「あ、有村先生。お疲れ様です」
有村ちゃんグッジョブだ。





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