『不良少年と気になるあの子』(慧生編)
部室棟の前を通り過ぎ、足元の土にチラチラと扇形の葉が姿を現し始める。
近くまでくると、早くも色づき始めた木の下で、ガタイの良さそうな城西の生徒が、ウェイター服の小柄な少年に絡んでいる様子が、確かに見えた。
「というか・・・なんでアイツがここにいるんだ」
木の幹を背に、黒いベストに黒いスラックス姿のウェイターは、銀色のトレーを持った白いシャツの腕を庇うように、もう片方の手で押さえている。
ウェイターを銀杏の木へ追い込むように、城西の生徒が至近距離で立ちはだかっており、ウェイターは目の前の彼から俯き加減で目を逸らしている。
庇っている腕が気になった・・・まさか、何かされたのだろうか。
その光景を見ると、俺は足早に二人へ近づいた。
そして。
「よお、慧生」
ハッと目を見開いたウェイター・・・香坂慧生(こうさか えいせい)は、俺を見ると・・・。
「・・・・秋彦」
「えっ・・・?」
ぎりぎり聞こえるぐらいの大きさの声で俺の名を呟き、・・・確かに一瞬、慧生は気不味そうに顔を顰めた。
「ん?」
不良が俺をジロリと振り返る。
わりと女にモテそうな整った顔立ちをしていたが・・・。
やばい。
素直にそう思った。
一人ならどうってことない、・・・などという、己の甘い判断を心から悔やんだ。
不良は据わった目で俺を見ていた・・・いや、睨んできた。
あれはかなり、喧嘩をこなしている目だ。
瞬時に俺は周囲へ注意を張り巡らす。
ここから部室棟と武道館の間の通路へ入り、そこから正門前から伸びている道までダッシュする。
そこまで行けば雑踏に紛れることが出来るし、助けを呼べる可能性は高くなるだろう。
問題はそれまでに、どうやって慧生を救出するか、だが・・・。
とにかく、まともに対峙して勝てる相手じゃない。
あの不良がどの程度の実践をこなしているかは知らないが、パッと見ただけでも、拳、蹴りとも、相当威力がありそうだ。
俺と慧生が相手では、たとえ2対1でも、纏めてアイツに瞬殺されて終わりだろう。
まずは慧生をなんとか、こちらへ移動させないと・・・。
・・・などと、あれこれ必死に考えていると。
「んも〜う、秋彦遅いんだからぁ〜っ!」
えらい可愛らしい声で言われた。
「ああ、ごめんごめん・・・って、はあっ!?」
あっという間に慧生が元気よく飛び出して来て、俺の左腕に抱きつく。
「ああ、おい香坂・・・!」
そして、到底不良に似合わない、戸惑ったような声が聞こえた。
俺は咄嗟にそいつを見る。
俺を睨んだ不良と同じ男とは思えないほど、眉を八の字に下げた困ったような表情が、慧生の背中をいじらしく追いかけていた。
なんだか、その顔だけでせつない気持ちにさせられる。
「待ちくたびれちゃった〜。ほら、早く行こう!」
「ええっと、おいこら慧生っ・・・」
そう言って慧生が俺の腕に抱きついたまま、ぐいぐいとひっぱっていく。
どうやら、デートに遅れてやって来た彼氏設定のようだった。
城西の生徒が付いて来る様子はなさそうで、ひとまずホッとする。
部室棟の前の通りまで出たところで。
「デートの約束なんかした覚えないんだが?」
念のためにもう一度だけ後ろを振り返り、城西の彼が来ていないことを確認すると、俺は慧生を追及する。
当然だが、ここまで来ると慧生も、あっさりと俺の腕を手放していた。
「当たりめぇだろ、お前とデートなんかしたら、また伊織に何されるかわかったもんじゃねぇからなぁ」
進藤伊織(しんどう いおり)は慧生と肉体関係のある彼氏。
女子大付属病院の勤務医であり、ボランティアで国立公園一帯の山林警備活動もこなしている立派な社会人だが、相当なやきもち焼きであり、なんというか・・・・嫉妬に駆られると、ティーエイジャーの慧生相手に、色々と趣向を凝らしたお仕置きを仕掛けてくるのだそうだ。
詳細は、閲覧に年齢制限を設ける必要が出てくるために割愛するが、ようするにバリエーション豊かな夜の営みということだ。
まあ、付き合いが長いんならそれもいいんじゃないの、と言ったら、真っ赤な顔で猛烈に否定された。
「秋彦は知らないから言えるんだよっ」
そんなに恥ずかしいことを、されているということなのか、慧生が意外と純真という意味なのかは、突き止める術がない。
とりあえず、慧生の言い分をそのまま信じるなら、ひとまず俺の経験にはないことをされているようだった。
・・・まあ、俺も媚薬ぐらいしか知らないのだが、今のところは幸いにして。
とにかく、慧生は最初から今みたいな調子で、俺にベタベタしていたものだから、それを見た進藤先生に、俺は結構疑われているらしく、結果的に大学付属病院の医者と、山林警備隊員に睨まれるという、泰陽市民としては、随分な不運に見舞われる羽目になっている。
しかし医者といっても、進藤先生は理学療法が専門なので、敵に回したところで、それほど命に関わるような危険がない点だけが幸いだ。
・・・いや、そもそも敵対されること自体、その理由は完全な誤解から来ているのだが。
それはともかく。
すでに慧生には、進藤先生というちゃんとした恋人がいる。
では、あの少年は一体何者なのだろうか。
城西の制服を着ており、慧生を姓で呼び捨てていたということは、元同級生・・・つまり俺達と同い年ということだろう。
慧生ではなく、香坂と呼んだ彼が、それほど親密な間柄とは思えないが、それではさきほどの慧生を見る、あの切ない目は一体何なのだ。
「なあ、何があったんだ?」
漠然とした言い方で質問した。
「何が?」
銀色のトレーを弄びながら慧生が応える。
通りすがりの女子達が、興味深そうな目で俺達を見ていた。
主に慧生を。
そして慧生が冷たい視線を彼女達へ向けると、気分を害した彼女達がすぐに視線を逸らした。
「お前、そうやって無差別に喧嘩を売るのはやめろよなあ〜・・・ここにいるの、ほとんどうちの生徒なんだから」
「先にジロジロこっちを見て来たのは、あいつらだろ。それに無差別ってわけじゃない。女に見られたから、俺も睨み返しただけだ。それに、城陽の生徒だったら、それだけで充分敵対するに値すんだろうが、この金持ち野郎どもめ」
慧生は相変わらずだった。
女嫌いの金持ち嫌い。
「ちょっと見るぐらいは許してやれよ。お前が可愛いから、つい目がいってしまうんだろう?」
「お・・・お前なあ・・・ったく、秋彦はぁ・・・!」
そう言うと慧生は、目の周りをほんのりとピンク色に染めて、俺からプイッと顔を背けた。
なんだよ、珍しく可愛い反応しやがって。
そして。
「・・・元クラスメイトだよ」
突然慧生が言った。
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