『HERO』(峰編)
「出場だから、ちょっと私物を持っていてくれないか?」
そう言って鞄を預けて来た峰は、さっさとゲートの整列へ戻って行く。
「意外と用心深い奴だな。それとも、女子に見られたら困るもんでも入ってんのか・・・ウシシシどれどれ」
・・・って、別に見ないが。
『それではクラス対抗リレーのスタートです。第1出走者は、1コース3年A組・・・』
場内アナウンスは山村に代わっていた。
その声の調子に、気落ちした様子は案の定ない。
「ん、なんだありゃ・・・?」
ふと見ると、ゲートの周りに黒だかりの群衆ができている。
厳密に言うと、“黒だかり”ではない。
それは純白のセーラー服だったり、グレーのブレザーとスカートだったり、黒のジャンパースカートにグレーのタイツだったり・・・・つまり、いずれも学園都市線近隣の制服ばかりで、すべて女子だ。
「またか、相変わらずすげぇな峰は・・・」
いつのまにか隣に立っていた直江が、ポテチの袋を抱えて食べながら呆れたように呟く。
口元からポロポロと食べ屑が落ちていた。
「食うか喋るかどっちかにしろ、お前はアメリカ青春映画に出てくる肥満学生か」
「ピザを食べていたら、ぜひともそう言ってくれ。・・・それにしても、あれだけ女にチヤホヤされてクスリともしないんだもんな。そこがまた憎いというか、カッコいいというか、痺れちゃうというか、無愛想というか」
「4択なら無愛想だな」
「ん? で、なんでお前峰の鞄預かってんの? 副委員長だから?」
「副委員長の仕事だったのか、これ」
そこは気が付かなかった。
「さあ。・・・なんか携帯鳴ってるみたいだぞ、出ろよ・・・あ、始まったぞ!」
そう言って直江がトラック脇に走って行く。
「いや、出ちゃまずいだろ・・・」
俺はそのまま芝の上に腰を下ろして、眺めることにした。
結果はE組の圧勝だった。
正確に言えば、峰の圧勝だ。
第1走者で2位を走っていたE組は、その後3位、4位、最下位まで順位を落とし、そしてアンカーの峰が怒涛の5人抜きをして、更に2位のB組に10メートル以上の差を付けながらゴール。
思わず出来レースかよとツッコみそうになった。
「まあ、そりゃあこうなるわな〜」
峰にバトンが渡った途端、興味を失ったようにとぼとぼと芝の斜面を上がってきた直江は、俺の隣に腰を下ろしてのんびり観戦を決め込んでいた。
ゲートに集まっていた女の子達は一斉にゴール付近へ大移動をして、トラックを2周半走ってきた峰を大歓声で出迎えた。
最後の2周半は、スピーカーを通した実況アナウンスが完全に掻き消されていた。
「さてと・・・」
「ん、原田行くのか?」
徐に立ち上がった俺を見上げて、直江が聞いてきた。
「いや、ちょっとトイレ行っとこうかと思って・・・ぼちぼち集合だしな」
「ああそうか、お前鍋島の代走あるんだっけ・・・じゃあ鞄預かってようか?」
「そうだな・・・、悪いな」
そう謝って手を出してきた直江に、ありがたく峰の鞄を預ってもらうことにした。
すぐ戻ってくれば、別に問題はないだろう。
駆け足で部室棟の並びにあるトイレへ向かい、用をたす。
そして出てくると、壁に凭れて峰が立っていた。
鞄はすぐに直江から返してもらったようだった。
「よお、英雄」
揶揄い口調で峰に声をかけてやる。
「俺はべつに英雄なんかじゃない」
峰はまったく乗ってこなかったので、急に俺は居心地の悪さを感じた。
「ああその・・・べつに嫌味を言ってるつもりはないんだけどな。気を悪くしたのなら、ごめん」
「そういうわけじゃない。・・・鞄、悪かったな」
「ああ、こっちこそ勝手に預けて悪い。すぐ戻るつもりだった」
「構わんよ。直江から聞いた。こっちこそすまん。・・・直江にまた謝っておいてくれ」
「ああ・・・」
そんなに人へ預けることを気にするぐらいなら、なぜ俺に預けたのかと一瞬思ったが、どう考えても、峰の気にしすぎに過ぎないような気がした。
少し鞄を預かるぐらい、たとえそれほど仲が良くない間柄だとしても、どうってことないだろう。
「そろそろ集合だな。頑張れよ、仮装障害物競争」
「ああ・・・・ええっと、あんまり笑うなよ?」
「笑ったりしない」
微かな笑みを浮かべて峰は言ったが、けしてこっちを嘲ったり、揶揄するような口調ではなかった。
たしかに峰は、そんなことで人を笑うような奴ではない。
楽しみにはしていそうで、それは少々頭が痛かったのだが。
『仮装障害物競争に出場する選手は、第2ゲート前へ集合してください・・・』
部室棟の表側に取り付けられたスピーカーから、山村の場内アナウンスが聞こえて来た。
そろそろ行かないといけない。
「じゃあ俺・・・」
「原田」
不意に名前を呼ばれた。
「ん、なんだ峰?」
「俺は一方的に寄せられる強い称賛を、少しも嬉しいとは思っていない」
「は?」
一瞬なんのことかと思った。
少し考えて、さきほどの女の子達のことだと気がついた。
「そうは思わないが・・・・それでも、お前がそんな俺を見て、少しでもカッコいいと思ってくれたのなら、頑張った甲斐があったと思う」
「そういう言い方をされると、素直に誉め辛くなるが・・・・まあ、カッコ良かったよ」
悪いわけがない。
最下位からブッチ切りでトップなんて、もう出来すぎなぐらいにカッコいい。
「そうか」
そう言って、無表情な横顔がハッキリと微笑んだ。
嫌になるぐらいに、悉く絵になる野郎だ。
「じゃあ俺行くから・・・えっ」
「・・・これは俺からのエールだ」
そう言って後ろから掴まれた手首を引かれ、近づいてきた峰が口唇を合わせて来た。
俺はすぐに峰の胸を押しやり、顔を見られないように下を向く。
生々しい感触が口唇に残っていた。
「だから・・・そういうことをされると、俺はお前と・・・」
「友達じゃなければいいんだよな」
「何・・・?」
「お前が自分で言った言葉だ。俺がお前に手を出せば、俺と友達を続ける自信がなくなると」
「峰」
「なら、俺はお前の友達をやめるまでだ」
「何だと・・・?」
「やめて、一条に宣戦布告をする」
「・・・・・・」
そう告げて峰は先にそこから立ち去って行った。
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