『Te amo』
11月下旬の月曜日のこと。 「さて、と・・・どうするかな」
六限目の授業が終わって教室の後ろをふと振り返ると、出入り口の前が空席になっている。
「あれ、一条は?」
「早退したみたいよ、おうちの用事で」
「またかよ」
俺、原田秋彦(はらだ あきひこ)の意識が落ちている間にいなくなったらしい。
となると、予定が狂った。
「お前、このあと暇か?」
日誌を付けている江藤里子(えとう さとこ)に聞いてみる。
「部活があるけど・・・何よ、急に?」
手を止めて江藤が顔をあげた。
「あ、いや・・・だったらいいや」
そりゃそうだな。
真面目な江藤がさぼるわけがない。
「気持ち悪いわね、はっきり言いなさいよ」
「気にすんな」
質問を無視して席へ戻ると、間もなくショートホームルームが始まった。
宣言通り、武道館へ直行した江藤を見送ったあと、なぜか視線を感じて窓際を見る。
峰祥一(みね しょういち)と目があった・・・いや、違う。
凝視されている。
中身が入っているらしい鞄を机に置いて、帰り支度をすっかり終えているように見えるのに、まだ席に座ったままで、美貌の面がまっすぐにこっちを向き、瞬きもしない。
「・・・・・・・・・・・」
怖ぇよ!
じっとこっちを見ていないで、なんか言ってくれよ!
二の句が継げなくなった俺は、10秒ほどの思案の結果「バイバイ」の意味を込めて手をヒラヒラさせると教室を出ることにした。
峰は何を考えているのかさっぱりわからない。
しかし昇降口まで着いたとき、隣で峰が靴を履き替えていることに気が付いた。
「・・・・・お前、尾行していたのか?」
「たまたま行き先が同じだっただけだ」
まあ、そりゃそうだろうけどよ・・・。
「そうか、じゃあな」
改めて挨拶をして帰ろうとするが、1メートル以内の間隔で峰が後ろから付いて来る。
そのまま歩いてみたが、校門前で俺が根を上げた。
「あ、えーと・・・峰、なんか俺に話とかある?」
「話というほどのことではないが、」
と、前置きした峰は、それきり暫く無言だった。
「あのぉ、峰君? 文章が完結していない気がするんですが、俺の気のせいですか?」
「・・・・今日はひょっとして、原田の誕生日だったんじゃないかと思うのだが、違ったか?」
俺の質問を挟み、ようやく主文が接続した。
その間裕に1分。
「そうだけど・・・・なんだ、プレゼントでもくれるのか?」
軽い調子で尋ねてみる。
そうか、峰を誘うという手もある。
けどなあ・・・・峰って悪い奴じゃないんだけど、なんか苦手なんだよな。
そもそも誕生日を理由に一緒に過ごすほど、仲がいいってわけでもないし。
「用意はしてある。だが持って来るのを忘れた」
「はあ・・・それはどうも、お気遣い頂き恐縮です」
マジですか。
っていうか、まさか律儀にもそれを告げるために教室で俺にガンを飛ばし、廊下を尾行して、昇降口で接触してきたのか、コイツは?
「ときに原田、明日は登校するか?」
「まあ、別段体調でも崩さない限り、その予定ですが」
「そうか」
「・・・・・・・・」
峰はそれきり黙って歩くと、遊歩道の途中で「じゃあな」と告げて、家路の方向へ逸れて行った。
「本当、悪い奴じゃないんだけどなぁ・・・」
峰だけはどうも何を考えているのか、読めねぇんだよ。