1時間後、俺は近所に新しくオープンした『Cappuccino』というカフェへ向かった。
この辺りは峰の伯父さんが住職を務めている西峰寺(さいほうじ)の参道にあたり、城西(じょうさい)駅からは30分以上歩く場所だが、うちからだと10分もかからない。
煉瓦造りの外観に白いテントを張り出した店構えは、まだまだ田舎臭さの抜けきらない街並みで一際目を引いている。
白いクロスを掛けた木製のテーブルが並んでいるオープンテラスには、例年になく暖かい晩秋とはいえ、11月下旬のこの時期、誰も座ってはいない。
もう少し前だったら座っている客がいたのかどうかというと、そこまで知らないが。
赤い木枠の格子に硝子を嵌め込んだドアを押すと、穏やかな音色のドアベルが鳴り、店内に流れる静かなBGMが耳に入って来る。
すぐに窓際のテーブルへ案内されてケーキセットを注文する。
何気なく店内を見回すと、テラスは無人だったが中は割と込み合っていた。
数種類から選べるケーキセットが800円と、値段が高くないせいか、客の殆どが近所にある城西高校の学生だった。
不意に溜息が出てしまう。
外は曇り空。
並木道でもないのに、アスファルトの上を紅葉した落ち葉が舞っている。
西峰寺の境内から風に吹かれてやって来たのか、それとも寺の裏にある山の斜面からか。
「こんなところで、野郎が一人でケーキセットかよ」
聞き覚えのある声に再び店内を振り返ると、お仕着せ姿の美少年がニヤニヤと笑いながら立っていた。
「お前、ここの店員なのかよ?」
城西高校の不登校児、香坂慧生(こうさか えいせい)だ。
「ハイ、お待ちどう。トルタ・ディ・メーラとオリジナル・カプチーノです。カントゥッチはサービスな。カプチーノに浸して食うと美味いぜ」
目の前に粉砂糖が掛かったリンゴのタルトとたっぷり注がれたカプチーノ、それとアーモンドらしき木の実入りのビスケットが3枚載った皿が一緒に置かれた。
カプチーノにはハートのラテ・アートが描かれている。
「おう・・・サンキュ。・・・お前ここでバイトしてんの?」
「んなもん、見りゃわかるだろ。お前らボンボンとは違って、小遣いのやりくりだけで遊べるほど、リッチな暮らししてねぇんだよ、畜生め」
憎まれ口は相変わらずだが、疲れているのかいつものキレはないように感じる。
あまり邪魔しちゃ悪いかと思ったが、慧生の方でまだ仕事に戻る気がないようだ。
サービスのカントゥッチとやらを頬張る。
カリッとした歯ごたえとともに、アーモンドの香りが口へ広がった。
「美味い」
「だろ? さっき焼き上がったばかりだからな・・・お前スイーツ好きなの?」
慧生がやけにニコニコと嬉しそうな顔で聞いて来た。
「もちろん嫌いじゃないけど、・・・っていうか、誕生日にせめてケーキぐらい食わんと、と思ってさ」
「誕生日なのかよ・・・そりゃ、おめでと。でも、誕生日に一人でカフェでケーキってのも、余計に寂しくないか? つか、デカイ彼氏はどうしたんだよ」
「質問多いな。ありがと。今日は冴子(さえこ)さんも英一(えいいち)さんも仕事で出張でさ、友達もみんな忙しいみたいで振られたの。一条は彼氏じゃない」
俺は順番に答えた。
答えながら、やはりせめて峰ぐらい誘えばよかったかと思った。
確かに一人は寂しい。
「ふーん、振られたか・・・んじゃさ、ちょっと待ってろよ。もうすぐ上がりだから、僕と遊びに行こうぜ」
「なんかお前、今日優しくね?」
「僕は元々優しいんだよ、じゃあ仕事戻っから、ちゃんと待ってろよ」
一方的に約束を取り付けると、慧生が厨房に戻る。
そして、厨房で誰かがどやされる声と派手な泣き声が聞こえ、それが慧生だとすぐにわかった。
「なんか、責任を感じるな・・・」


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