1時間後、私服に着替えた慧生がテーブルにやって来ると、俺達は慧生曰く「良い処」へ向かうことになり、城西駅から電車に乗った。
二駅しか違わない筈なのに臨海公園駅で降りてみると、外はすっかり暮れている。
晩秋の日は短い。
「こっちこっち」
慧生が俺を引っ張って向かった建物は、この辺りで一番大きな家電量販店の城東(じょうとう)電機。
創業は1960年代と結構古い地元企業だが、2代目の社長が非常にやり手で、この不景気なご時世にあっという間に全国展開させたノリノリの会社だ。
コアなファンのウケも良く、聞くところによると盗聴器や隠しカメラ系のラインナップがやたらと充実していて、頼めば好みに改造してくれるという噂もある。
あと2階に入っているレンタル屋のAVがマニアックで、和洋問わず媚薬や玩具プレー物に加え、美青年がオヤジに凌辱される展開のストーリー性が高いゲイ物がなぜか幅を利かせている・・・誰の趣味なのかが気になるところだ。
通りに面したソコモモバイルのテナント前を横切って、正面入り口から店に入る。
午後6時半を回り、店内はかなり混雑していた。
「なんだよ、買い物か?」
店内に流れるオリジナルCMソングが五月蠅いため、声を張り上げながら慧生へ聞くことになる。
「んなわけねーだろ、この野郎。突っ切るんだよ」
通りすがりの店員が、いらっしゃいませと言いながらいちいち頭を下げてくれているというのに、堂々と慧生は言いきった。
ふと人だかりを発見する。
「ああ、日本代表戦か。石見(いわみ)が戻って来てるんだよな」
家電売り場にある全てのテレビが、生中継中のサッカー日本代表試合にチャンネルを合わせられていた。
まだ前半20分だったがスコアはすでに2−1と動いている。
歩く速度を緩めて、なんとなくテレビへ見入った。
つい先ほど入ったゴールのリプレーが解説とともに流され、ゴール真正面のフリーキックでどうやら石見が勝ち越し点を入れたらしいということがわかった。
綺麗な軌道を描くループシュートに、店内のギャラリーからおおっという、どよめきが沸き起こる。
「なんか石見最近、絶好調だな」
地元のスターの活躍を聞きつけて、通りすがりの買い物客たちがどんどんテレビ売り場に集まり始めた。
「きゃあ、リタよ!」
不意に目の前に割り込んで来た城南(じょうなん)女子の生徒が叫び、その名前に俺はドキっとする。
50V型のプラズマテレビに映し出された、目鼻立ちのはっきりとした女の横顔には、頬に描かれた日の丸ペイント。
エスパニアのアイドル女優、リタだ。
サムライブルーのユニフォームを着ているチャーミングな満面の笑顔が、背の高い隣の男に抱きついていた。
リタに合わせてカメラが動き、男の顔も下半分だけテレビに映し出される。
少し厚めの唇に微笑みを湛えながら男が微かに身じろぎ、動き方で抱きついてきた彼女を受け止めているらしいとわかってしまう。
「なんかさ、ああいうのってどうかと思うよな。代表戦って、普通は自国のナショナルチームを応援するもんだろ? いくら石見のファンだからってさ、よその国のユニフォーム着てスタジアムで応援ってのは、理解できねーよな・・・ったく、これだから女ってのは・・・」
「ああ・・・ま、でも有難い話だからべつにいいんじゃね?」
二人とも、とても自然な仕草だ・・・。
「んあ?」
慧生が間抜けな声を出したかと思うと、俺を凝視した。
「ああ・・・えと・・・」
俺は言葉を濁す。
首を傾げ、人形のような顔が疑問を浮かべてこちらを見上げている。
精いっぱい平静を装ったつもりだったが、俺の動揺はどうやら慧生に丸バレみたいだ。
慧生がもう一度テレビへ目を戻した。
カメラは今度こそ、一組の男女をはっきりと捉えていた。
リタは長身の男の方へ、完全に身体を預けている。
下であの大きな手でも握っているのかも知れない。
見ていられず、俺は目を逸らす。
不意に前方から、先ほど叫んでいた女子高校生達の会話が聞こえてきた。
「ねえ、あの子って城陽(じょうよう)の学生だって知ってる? すっごいよねぇ、リタと付き合ってるなんてさ。なんでも一条グループの御曹司らしいわよ」
近くに立っていた客たちも、街一番のセレブの話が出たとあっては無視できず、話の興味は2試合連続の石見のゴールから、リタの同伴者、一条篤(いちじょう あつし)へと逸れていった。
どう見てもカップルだよな、やっぱり・・・。
不意に手を掴まれた。
「あ〜あ、サッカーなんてつまんねぇ。行こうぜ」
慧生が周囲へ聞えよがしにそう言うと、俺を引っ張って出口へ向かった。
知らぬ間に固く握りしめていた拳の上を優しく包もうとする、小さな掌。
ゆっくりと手を開くと、細い指がそこへ絡んでくる。
熱い掌だった。


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