「お前、この店よく来るの?」
2杯目のジントニックに口を付けながら聞く。
「まあな・・・90年代バブルの華やかなりし日本を彷彿とさせる、ふざけた店内装飾が懐かしくてな」
「お前は何歳だよ」
「良くも悪くもあの頃の日本は強かったろ。今はどうだ? 自称後進国の隣国にGDPを逆転されるのが目に見えているほどのマイナス成長まっしぐらで、政府はまともな経済政策も示せない。テレビをつければ学級会なみの無作法な国会中継で税金泥棒の国会議員どもが連日低レベルな野次祭り・・・それも閣僚席から飛んでるんだぜ? 教育に悪いだろう! こんな国のどこに希望が持てるんだ?」
「あ、いやぁ・・・・・・俺はこの店によく来てるのかと聞いただけなので・・・」
また、始まった。
慧生は不登校児だが格差社会を嘆き、無策な政府に怒りを燃やす悲観論者だ。
しかし人形みたいな顔をしているくせに、こうして酒を飲みながら政府批判をぶちまけていると、会社帰りに屋台で飲んでいるオヤジみたいで面白い。
ただこのまま喋らせていると、突然論理が飛躍して「だから一緒に死のう」と、
また、心中を持ちかけられかねないので、適当に止めるべきである。
「だいたいだなぁ、与党のトップ2が検察の捜査対象になっているのに、党内から辞任勧告も碌に出てこないだなんて、どこのファシスト政権だよ。わかるか、秋彦? 恐怖政治はもう始まってるってことなんだ。これは生きてても仕方な・・・」
「いやぁ、結構いい店だよな、ここ」
我ながら、無理矢理すぎたが、慧生が一瞬黙って溜息をひとつ吐く。
「・・・ま、こっちもあんまり上手くは、いっちゃいないからね、たまには息抜きぐらいしたくなるさ」
頬づえを突いた慧生が、話を戻してくれた。
なんとか軌道修正に成功したようだった。
だが、慧生の表情は浮かない。
少し潤んでいるようにも見える物憂げな目に影を落としている、長い睫毛が色っぽかった。
“こっち”っていうのは、たぶん慧生と彼氏って意味だろうか。
「あの、伊織っていうお医者さんだっけ。お前にメロメロに見えるぞ」
国立公園の森で自殺を図ろうとしていた彼を止めに入ったのが、そもそもの俺と慧生との出会いだ。
俺を心中に巻き込もうとまでした慧生に、その直後からすっかり懐かれてしまい今に至るのだが、その慧生の彼氏が泰陽(たいよう)女子学院大学付属病院に勤務する理学療法の先生で、城南女子オカ研ガールズの山崎雪子(やまざき ゆきこ)の道場仲間でもある進藤伊織(しんどう いおり)。
そもそも慧生は、剣道で肘を故障している山崎が個人的にしょっちゅう先生を呼び出していたらしいことに嫉妬して、自殺まで思い詰めていた筈なのだが、慧生は慧生で、あれ以来何かと言っては俺にチョッカイを出してくる。
本人はゲーム感覚で俺の反応を楽しんでいるだけなのだろうが、出会い方からして進藤先生の中で俺の印象は最悪らしく、先日、江藤の試合を応援に行ったとき、たまたま体育館で会った先生から、改めてあれこれ詰問されて難儀した。
「僕の事なんかどうだっていいじゃん・・・それより秋彦はどうなんだよ」
「何がだ?」
「お前は浮気とか全然しないの?」
思わずジントニックを吹きそうになった。
「いや、だからさ・・・なんかお前勘違いしてるっぽいけど、俺と一条はそんなんじゃないの」
「お前はそう言うけど、少なくともアイツは秋彦のこと惚れてるだろ?」
「それは・・・んなこと判んねーよ」
以前ならこんな風に誤魔化したりはしなかった。
ベタベタしてくる一条を蹴り倒したり、腹にパンチを入れたりしながら、キモイと罵倒し、アイツと俺のことをこうして冷やかしてくるヤツがいれば、「違う」、「迷惑している」とハッキリ断言した。
今は・・・・その勇気がない。
それは、本当に自信がないからだ。
先週、一条はリタとの関係を俺に否定した。
その時は信用した。
だが、そう言いつつもまたアイツはああやって・・・。
不意に右肩が重くなる。
「なあ・・・・僕と浮気しねぇ?」
俺の肩に手をかけて、そこへ顎を載せるようにして、間近で慧生が低く囁く。
うっかり振り向くと、キスしそうだった。
「またお前はそういうことを・・・」
「いいじゃん・・・お互い相方にはナイショでさ。僕、結構上手いぜ」
「お前なぁ・・・」
上手いって何がだよ!
「だって、2週間だぜ?」
慧生が吐き捨てるように言う。
「2週間?」
何の期間だというのだ。
「放置されて」
「・・・・・」
会話が嫌な方向へ向かっている気がした。
「忙しいのはわかるけど、酷いと思わね?」
「そういう生々しい話は・・・」
「お前、前にセックスしたのいつよ?」
「えっ」
いつも何も・・・。
「あの彼氏、デカいんだろーなぁ。入んの?」
「止めてくれ」
頼むからそれ以上想像させるな!
っていうか、俺と一条は決定事項なのかよ。
しかも何で俺がヤられているって決めつける?
まあ・・アイツをヤるなんて想像もできないのは確かだが。
Noooooo!
「もう酔ったのか、真っ赤だぞ?」
「いや、ちょっとショッキング映像が脳裏を・・・、そうじゃなくてだな。だからお前は根本的に誤解をしているようだが、俺はべつに・・・」
「いいじゃん、あっちはあっちで適当にやってるんだろうからさ」
慧生が一条とリタとのことを言っているのだとわかった。
胸がシクシクと痛みだす。
「それは・・・」
公平さから言って、俺が操を立てる必要はない・・・確かにそうだ。
そもそも俺は一条の恋人でもなんでもないのだから、誰と恋愛しようが勝手だ。
それは同時に一条にも言えることなのだ・・・そう考えると、やはりやるせなかった。
「秋彦ぉ・・・・・」
不意に慧生が俺に抱きつくようにしなだれかかってきた。
彼の身体を押し返そうとして、ふと顔に手が触れる。
熱い?
「おい、慧生お前、熱があるんじゃないか・・・」
「んなもん平気だって・・・僕とヤろうぜ・・・秋・・・」
「平気じゃねーだろ、これ・・・!?」
再び額に掌を当てると、滅茶苦茶熱い。
良く見ると慧生はすっかり目が潤み、呼吸もかなり乱れていた。
大変だ。
シンさんやトモさんを探そうと辺りを見るが、店がだいぶ込み始めていて声を掛けるのも難しそうだった。
「帰るしかねぇな・・・おい、慧生立てるか?」
ストゥールから足を下ろし、慧生を立たせようとするが、彼は俺に体重を任せて来る。
酔いもあるだろうが、歩かせるのは無理のようだった。
彼に肩を貸そうとするけど、身長差のせいで今度は俺が歩きにくい。
仕方なく慧生を背負うと、店を出た。
商店街を出て駅前まで歩き、ようやくタクシーを捕まえる。
「なあ、お前家はどこなんだ?」
「ラブホ・・・」
ダメだこりゃ。
「すいません、城西1丁目に行ってください」
怪訝そうな目を向けて来る運転手に自分の住所を告げた。


 06

『城陽学院シリーズPart1』へ戻る