上からすぐに一条が覆い被さってきた。
「一条・・・」
見下ろしてくる黒目がちな彼の目は、何かを思いつめているようで、俺は僅かに恐怖心を煽られた。
再び唇を塞がれる。
すぐに深く口づけられ、ヌルリと舌が侵入してきた。
一条は俺を抱こうとしている・・・?
「んんっ・・・いやっ・・・ふっ・・・」
こんなことは全く想像していなかった。
キスで塞がれた口は、呼吸もままならず、首を捻って逃げてもすぐに追いかけられて、顎を捕えられる。
体重をかけてくる大きな身体を跳ねのけようにも、腰のあたりを跨いで上から押さえる力が強く、ほとんど動かない。
圧倒的な体格差と力の差・・・これまで一条がどれだけ俺に気を遣っていたのかを思い知らされた。
ストンと摩擦しながら何かが床に跳ねる落下音が聞こえ、せっかく一条が持って来てくれた香水の瓶が、俺か一条に弾かれて、ベッドと壁の隙間に滑り落ちてしまったのだと気が付いた。
後でベッドを動かさないと、拾えないだろう。
気が逸れた隙に胸をまさぐられ、大きな手がパジャマのボタンを次々と外し、肌が一条の目の前へ露出してゆく。
焦ってその手首を掴もうとするが、すぐに頭上へ押さえつけられ、さらに片手で左右の手首を纏めて拘束された。
「や・・めっ・・・」
残ったもう片方の手だけで乱暴にパジャマを肌蹴られ、糸が緩んでいたひとつのボタンが弾け飛び、机の脚にカツンと当たった。
音へ気が散った次の瞬間、一条が顔を埋めて来る。
「お前っ・・・何考えっ・・・ぁっ」
いきなり乳首を口に含まれて身体が大きく跳ねた。
そのまま舌で突起を小刻みに転がすようにして舐められる。
「や・・・あっ・・・」
そこがジンジンと熱を持ち、むず痒い感覚を呼び起こされてゆく。
俺は・・・一条の愛撫に感じているのか?
「嫌じゃないよね?」
一条が言って、再び顔を見せてくれた。
俺をまっすぐに見下ろすその目には、情欲と呼ぶべきものが、はっきりと見えていた。
こんな危険な目・・・するヤツだったんだ。
濡れそぼった場所を今度は指先で弄られる。
「んんっ・・・」
「いい?」
俺は声を殺して顔を背けた。
感じている・・・。
だが、そんなの言えるわけがない。
一条は・・・いつの間にこんなことを覚えた?
誰と?
疑心暗鬼がまた頭をよぎってゆくが、すぐにそれどころではなくなる。
今度は首筋に顔を埋められる。
そこは・・・。
ふと、一条の動きが止まるのがわかった。
「一・・・条?」
不安になって、思わず彼の名前を呼ぶ。
そして。
「っ・・・!!」
突然首筋に痛みが走った。
慧生の残した痕に、噛みつかれたのだ。
「てめぇっ、なにっ・・・」
文句を言いかけ、だがすぐにその唇を塞がれた。
深いキスだ。
舌を入れられ、上顎の裏をまさぐられ、歯列をなぞられる。
舌先であちこち突かれるうちに、俺もおずおずと舌を動かした。
すぐに一条のわりと長い舌に絡め取られる。
互いの唇や舌を舐め合い、上下の唇を自分の物で挟み合い、舌を絡め合って、口元から盛んに派手な音が漏れた。
下になっていた俺の口へは彼の唾液が沢山流れ込み、それを呑み込んでいた筈なのに、不快感どころか、なぜだかその度に俺の心に愛しさが募っていった。
これが・・・、恋なんだと今更気づく。
気が付けば目の前の広い肩に腕を回して、何度も彼の名を呼んでいた。
「秋彦・・・」
そして初めて一条に下の名前を呼ばれた。
篤・・・。
俺も心で一条の名を呼び返しながら、思いを込めて、彼へ回した腕に力を込める。
たかが名前・・・だが、慧生に呼ばれたときとは全然違う。
自分の名前が呼ばれただけで、こんなに甘い痺れを引き起こすことがあるのだと、俺は初めて知った。
「一条・・・」
いつもの癖で姓を呼び返すと、ヤツがまた苦笑するのがわかった。
この苦笑は、彼の期待を俺が外しているというサインなのだろうと、頭が悪い俺はようやく理解した。
髪を撫でられつつ、頬や耳、顎の下など、顔中をさんざん唇や舌で愛撫されたのち、再び首筋にキスが下りて来る。
先ほど噛まれた場所の周りを今度は優しく丁寧に愛撫され、鎖骨のくぼみを舌先で舐められて、息を呑みながら身体がビクンと跳ねてしまい、クスクスと笑われた。
ヤバイなと思っていると、今度はまた胸に唇が落ちてくる。
徐々に息が荒くなり、脇腹を撫でられながら乳首を甘噛みされて・・・。
「あぁっ・・・」
とうとう漏れた自分の声の高さとせつない響きに愕然とした。
男の俺が、こんな声を出すなんて・・・。
だが一条は構わずに続ける。
感じる・・・一条が触れる指先、与えるキス、圧し掛かる体重の重さや、手の大きさ、力強さ・・・何もかもが俺に快感を与え、彼が触れてゆくたびその場所から、自分の身体がどんどん変わってゆくのがわかる。
俺は・・・彼に抱かれたいのだろうか。
彼のものに・・・なりたいのだろうか。
身体の中心へ向けて、急速に血が集まり始めていた。
そして一条がパジャマのズボンに手をかける。
ダメだ・・・・!
俺は思わず、その手を強く跳ねのけた。
手の甲を弾かれた一条が、埋めていた俺の胸の上から顔をあげる。
「なんで・・・秋彦?」
その顔が、俺の股間を見下ろす。
やめろっ!
俺は堪え切れず一条を大きく突き飛ばして起き上がり、彼に背を向けて丸くなった。
慌てて前を抑えた掌に、はっきりとした形が当たる。
気付かれた・・・だろうか。
「原田」
呼び方が戻った。
拒絶を受けた彼の声がまた固くなっている。
納得がいかない、そう言っている。
「だからさ・・・」
何て言ったらいい。
「どうして? 僕は、ただ・・・・・」
「・・・てめぇ」
一条が何かを言おうとする。
だが、俺が続きを喋り出す方が早かった。
渾身の力を込めて一条を睨みつけると。
「・・・いつまでやってんだ、ちょっとは気ぃ遣えや! こっちは病人だぞ!」
怒鳴りつけた・・・つもりだった。
「・・・・・・・」
一条が呆気にとられた顔でポカンとなる。
しかしすぐ、可笑しそうにクスクスと笑いはじめた。
当たり前だ。
潤んだ目で、火照った顔で、艶の混じった甘い声でそんなことを言っても説得力があるわけない。
「退けや、もう寝る!」
一条をドンと押し退け、布団を引っ張ると、頭まですっぽりと被った。
ベッドから叩き落とされた一条はそれでも俺の傍に膝立ちになり。
「無理させてごめんね・・・今日はもう帰るよ」
そう言うと後頭部あたりの布団が動かされ、頭の後ろへ顔を埋められたのがわかった。
首筋の皮膚に突っ張るような感じがあって、少しだけ首が後ろへ引っ張られる。
そしてすぐに一条の顔の気配が離れ、直後に首の後ろを小さな石が転がる感触があった。
行為中にいつのまにか首の後ろへ回っていたペンダントトップへ、おそらく一条が口づけていったのだとわかった。
一条から土産に貰った、鮮やかなオレンジ色の石のペンダント。
恋愛成就に利くという、恐らくは彼も今、服の下へ身に付けているであろう、お揃いのもの。
ひょっとしたら、やっぱり利くのかも知れないと、少しだけ思う。
「・・・あと、電話くれてありがとう。凄く嬉しかった。」
立ち去り際に部屋の出口に立って一条が残して行った声の響きは、聞き慣れた穏やかで優しい、俺が好きなものに戻っていた。
「一条・・・」
まだ火照りの冷めない自分の身体を抱き締め、そっと彼の名を口にする。
だが、股間を見下ろしていた一条の視線を思い出して、いたたまれなくなった。
おそらく気付かれた・・・アイツの前でどんな顔をして、明日から会えばいい。
「・・・馬鹿野郎」
不意に動かした自分の手の感触が、一条のものと重なり息を呑む。
身体に残されていった沢山の感触・・・肌の上を這いまわる意志を持った手つき、唇や舌の湿った温かさ。
知らず知らずのうちに、俺はその手の動きを真似ていて、もう片方の手を中心へ添えていた。
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