寄り道せずにまっすぐに家へ帰り、不織布マスクを外す。
「あ〜苦しかった」
慣れないマスクを付けていたせいで、口の回りに掻いた汗が気持ち悪い。
鞄を置いて着替えようと思い、制服のブレザーを脱いだところでポケットから生徒手帳が転がり落ちる。
「おっと・・・」
カーペットへ手を伸ばした。
「なんだありゃ?」
ヘッドボード部分を壁際へ寄せたベッドの足元。
それも壁との間に開いていた10センチほどの隙間へ隠すようにして、こっそりと置かれた可愛らしい包みを発見する。
黄色いギンガムチェックの包装紙の口をピンクのリボンで絞り、まるで巾着袋のような形にしてある。
俺は生徒手帳を拾ってポケットへ戻し、一先ずブレザーをベッドの上へ投げ出すと、その包みをとりあげた。
わりと軽い。
「これのことか・・・」
今朝がた江藤が、ベッドの下に気が付いたかと、遠慮がちに聞いてきた理由が判明した。
というか、なんでまたこんなところに置いておくのだと呆れ、しかしそれはそれで江藤らしい気がして笑ってしまう。
優しいけどちょっとひねくれていて、意外と奥ゆかしい・・・江藤はそんな女の子だ。
ベッドに腰を下ろし、包みを解いた。
出てきたのは白いネコのぬいぐるみと封筒に入った3000円分の図書カード・・・・図書カード、か。
「おっとメッセージ付きだ」
カードと同封の、四つ折りにされたB5サイズの便箋を開ける。
こちらも猫のイラストが描かれている可愛らしい便箋に、水色のペンで書かれた几帳面な文字・・・・江藤らしい手紙だ。

『原田君、お誕生日おめでとう! 風邪、大丈夫? 伯父さん、伯母さんもいないらしいけど、ちゃんとご飯食べてるの? 困ってるんだったら、いつでも行くから言いなさいよ。早く元気になって、学校に戻って来てね! 

P.S.これで問題集でも買いなさい。マンガに使うんじゃないわよ!』

頭の中でそのまま本人の声に転換されてしまった手紙のせいで、苦笑を禁じ得ない。
「うるせーよ」
どうせなら熱帯密林ギフト券あたりにしてくれると、より一層利便性が高くなるというのに・・・などと、江藤が聞いたら目を剥いて飛んで来そうなツッコミを心で入れ、ベッドから立ち上がる。
そして机の前のカレンダーを2枚捲った。
「あいつ1月だよな・・・」
女って何を貰ったら嬉しいもんなのだろうか、としばらく思案し、本日もう一品、意外な・・・というか予告されてはいたが、意外な人物から誕生日プレゼントを、貰っていたことを思い出した。
手に持ったままだった猫のぬいぐるみを机に置き、鞄のファスナーを開けて、茶色い手提げの紙袋を取り出した。
城東電機で買ったらしい。
「俺、あいつの誕生日に何も渡してないのになぁ・・・今度何かお返しするべきだろうか」
そんなことを呟きながら、二つ折りにしておいた紙袋の口を開いて、中から見慣れた白いビニール袋に入っている四角い箱をとり出す。
ラッピングやリボンの類はなし・・・まあ、されても気持悪いだけだが・・・まるで普通の買い物状態だ。
一昨日の宣言から1日遅れはしたものの、予告通りに本日の放課後、峰は俺に誕生日プレゼントを渡してくれた。
「これ、持って来たぞ」
相変わらず抑揚のない声でそう言った峰は、俺に包みを渡したきり、例によって黙って俺を見つめていた。
が。
「ああ、サンキュな」
受け取り、その場で包みを開けようとすると、珍しく峰が焦ったように顔色を変える。
目を見開いている峰はかなりレアだ。
「どうかしたのか?」
「・・・家に帰ってから開けたほうが、たぶんいいぞ」
「は・・・?」
それだけ言うと、峰は気不味そうに俺から目を逸らし、「じゃあな」と告げて、とっとと先に教室から出て行った。
「ここで開けちゃ・・・まずいのか?」
意味深な言葉を残し立ち去る峰の、モデル並みにスタイルのいい後ろ姿を見送りつつ、俺は少々動揺していた。
皆に見られたくない、ということなのだろうか。
それは、つまり。
飴色の西日が差し込む夕暮れ時の教室で交わした、峰との甘い言葉のやりとりは、微かなロマンスの予感が・・・。
「あってたまるか」
おっと。
力任せに城東電機のハードなビニール袋を破いてしまった。
せっかくの頂き物を壊さないように気を付けつつ、俺は箱から中身を取り出す。
出てきたその物体とは。
「目覚まし時計?」
シンプルなデジタル表示の置時計だった。
電池はすでに入っており、時刻も合わせてある。
「なんだよ・・・めちゃくちゃ普通じゃんか」
思わせぶりな態度をとられただけに、逆に拍子抜けだ。
いや、そもそも男同士でここまで緊張するほうが可笑しいのだが、何しろ昨日の今日である。
おまけに峰も最近ちょくちょく俺に妙な態度をとってくるものだから、神経質になるのは仕方がない。
っていうか、じゃああの意味深な発言は一体何だったのだ?
ふと、時計の箱に書かれている吹き出しフレーズに気が付いた。
「ボイスメッセージ録音可能・・・?」
時計を裏返して見る。
確かにアラームとボイスと書かれている場所に黒い突起物があって、切り替え可能になっていた。
ちなみに今はボイスにスイッチが入っている。
マイクらしき小さな穴と、USBソケットも存在する。
一見シンプルに見えて、なかなか凝っている時計だとわかる、が。
「・・・まさかと思うが、峰の声なんて入ってるんじゃねーだろうな」
朝っぱらからあの陰気で不機嫌そうな声に起こされるのは勘弁だぞ・・・っていうかキモイ。
鳴る前に強迫観念で毎朝飛び起きて、先に止めてしまいそうだ。
・・・・それはそれで効果的かも知れないが。
恐る恐る時刻を目覚ましの設定時間に合わせてみる。すると。
「お兄ちゃん、起きて! 遅刻するよ! お兄ちゃん、起きて! 遅刻するよ! お兄ちゃん、起きて! 遅刻するよ!・・・」
俺は慌てて時計から単三電池を引っこ抜いた。
プラスティック蓋が机の脚にカツンと当たり、カーペットへ跳ね返る。
「焦った〜・・・・っていうか、てめぇの趣味押しつけてんじゃねぇぞ、このシスコン野郎め!」
俺は説明書を広げると「録音済みメッセージの消去の仕方」を即実行し、とりあえずボイスからアラームへ切り替えておいた。
教室で中身を広げようとしたときに峰が焦った理由が理解できた。
そもそも恥ずかしいと思うのなら、なぜやった?
嫌がらせか?
それとも好意か?
「どっちでも問題ありだが、というより、どこでこの声を録音したんだアイツは・・・?」
まりあちゃんではない声に首を傾げつつ、・・・いや、それはそれで怖いものがあるのだが、とにかく説明書をもう一度よく見てみる。
すると次のページに、「人気声優たちによるボイスメッセージは、弊社公式HPよりダウンロード可能」という一文を見つけ、その中に「好評中の妹シリーズ」があることを発見する。
「峰、お前・・・・」
とりあえずお返しプレゼントは不要ということで脳内閣議が決定した。
もっとも峰もそのつもりはなかったとは思うが。
ちなみにこのマニアックな時計の製造元が城東電機となっていることには、あとで気が付いた。
つくづく濃い電気屋だ・・・。



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