だが家に帰っていざ包みを取り出してみると、急に心配になってくる。
こんなものを教室で手渡されると、原田が嫌がるのではないだろうか?
「男に気持ちを寄せられるのは一条で慣れているだろうから、少しぐらいは平気だろうか・・・いや、だからこそ嫌がられるかも知れない」
一条篤(いちじょう あつし)同じように見られるのは、本意ではない。
アイツはどうもベタベタしすぎていけない。
二葉(ふたば)で同級生だった一条が内部進学をしなかったと聞いたきは、本当に驚いた。
それもトップレベルの成績を保っていた筈のアイツの進路が、偏差値がずっと低い城陽だと聞いてさらに驚き、しばらく学校中の噂にもなっていたが、その理由が好きな子を追いかけてというものだと知り、俺はこの学校にもそういう男気のあるヤツがいたのかとちょっと感心した。
そして、その相手が男だと知ったときには、所詮アイツも二葉の生徒だったかと溜息を吐いたのだ。
あの学校の生徒は、皆どこかしら頭がやられている。
だが、そういう偏見は原田と出会うまでの話だ。
その後まりあが起こした事件を機に二葉を退学し、俺は城陽へ編入した。
今では一条の気持もちゃんと理解できる。
目を閉じて、原田の顔を思い浮かべる・・・俺の胸ほどの高さから原田が軽く背伸びをして上目づかいに俺を見上げ、頬を少し染めながらこう言うのだ。
・・・お兄ちゃん。
「悪くない」
実際の原田は俺と5センチほどしか身長が変わらないため、軽く背伸びをされると若干見下ろされてしまうのだが、そこは内心の自由だ。
用意した机の上のプレゼントを見つめる。
原田は皆の前でこういう物を渡されると、困るだろうか。
嫌われるのはいやだ。
いっそラッピングを解いてしまおうか。
だが、普通の買い物状態になってしまっては愛想がない。
まあ、教室で開けさせなければ平気だろう。
開封してしまえば、中身は原田が好きな石見監修のサッカーゲームだ。
気に入るに違いないだろう。
とりあえずリボンが掛ったゲームソフトを白いナイロン袋へ戻し、茶色い手提げ袋へもう一度戻す。
そして同じような袋からデジタル時計を取り出し、パソコンを立ちあげて城東電機のホームページへ行った。
家内安全のために、ヘッドホンを装着する。
ダウンロードページで悩むことたっぷり1時間・・・といっても、ほとんどは色んな新着ボイスを楽しんでいただけだが。
一通り聞き終えたところでUSBを繋ぐと、ファイルをダウンロードした。
終了と同時に背後のドアがノックされることなく大きく開けられて、心臓が止まりそうになりながらウィンドウを縮小すると、端子を抜いてヘッドホンを戻した。
プロなので0.5秒の出来事だ。
「祥一、お遣いを頼まれて頂戴」
入り口を見ると母が紙袋を提げて立っている。
「どこに?」
顔色ひとつ変えずに聞き返した。
実際は心拍数がまだ200オーバーだった。
「兄さんのところにこれを持って行ってほしいのよ」
本日、母が料理教室で作ってきたらしい、緑のロールケーキだった。
箱の底にレースペーパーが敷かれ、セロハンで包まれて、黄色いリボンが結ばれて、小さなピンク色の薔薇の生花がハート型のシールで留められている。
シールには、『With Love』とプリントされていて・・・どう見ても、妹から兄への贈り方じゃない。
「母さん、ケーキはこの間持って行ったばかりじゃないか」
母は料理教室で何かを作る度に、こうして西峰寺(さいほうじ)で住職をしている彼女の実の兄、幸助(こうすけ)のところへ俺を遣いにやる。
作る度に・・・というよりは、むしろ菓子作りが趣味で極度のブラコンである彼女は、ほとんどこの為に料理教室へ通っているといった方が、多分正しいのだろう。
伯父が留守をしているときなどは、俺達のおやつに回ってくることもあるが、それはあくまで例外的だ。
「あれはホッキ貝のカルパッチョよ」
そういうのもあった。
「じゃ、その前」
「その前のはラフランスマドレーヌじゃない。今度はヘルシーモロヘイヤロールケーキなの。全然違うわ。ほら、暗くならないうちに行ってきてちょうだい」
頬を膨らませて紙袋を突き出された。
40代の二児の母がとる態度かと呆れる。
まあ、未だに夜の繁華街を歩いていると若い男からナンパされるというのが、彼女の自慢らしいから、若く見えるのは確かだが、あくまで夜の話だ。
間違えた男も、ちゃんと顔を見てさぞかし見てびっくりしただろうが、それはナンパをする方が悪い。
「わかったよ・・・」
諦めて袋を受け取った。
自分で行けばいいものを、行くと伯父の奥さんである凛子(りんこ)伯母さんと喧嘩になるのが目に見えているから、いつも俺に行かせるのだ。
まりあに頼むこともたまにあるが、アイツは西峰寺へ行くと、なんだかんだと伯父達に物を奢らせてくるので、俺がいれば大抵母は俺を使う。
もっともまりあにしろ、べつに本人がねだっているというわけではなく、彼らが勝手に物を与えてしまうということらしい・・・まりあぐらい可愛ければ、それも仕方がないだろう。
見た目だけは抜群に可愛い・・・見た目だけは。
上着を着て部屋を出る前に振り返る。
「まあ、再生されることはないだろうが」
念のために時計を箱へ戻しておく。
さらに念のためにナイロン袋に入れて、紙袋にも入れて、机から下ろして部屋を出た。
03
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