『アップ&ダウン』その1:ハイアタック


 師走も押し迫った臨海公園駅前商店街で、俺、原田秋彦(はらだ あきひこ)は奇跡に見舞われていた。
「おめでとうございます! 一等ラセールディナー付きグランドイースタンホテルペア宿泊券です!」
 派手に鐘を打ち鳴らし、赤い法被を着た小父さんや小母さん、そしてアルバイトのお姉ちゃん達が立ち上がって拍手をしてくれる。そりゃあそうだろう、何しろこの日二人目の一等当選であり、しかも一人目も俺だったのだから。
「おいおい、お前さすがに何かズルをしてるんじゃないのか?」
 隣でまじまじと、羨望の眼差しを送っている、失礼な香坂慧生(こうさか えいせい)が俺に言った。
「してるわけないだろ、っていうかお前も見てただろ、俺はこのガラガラを普通に半回転させただけで……ああ、すいません、ありがとうございます」
 この日二回目の熨斗付き白封筒を、小父さんから受け取る。
「どうせだから、親孝行してやんなよ、僕」
「そうですね」
 適当に相槌をしながら封筒を受け取った。
  この場合も、孝行したい時に親はいないと言うのが適当なのだろうか、両親は既に他界している。親代わりの伯母夫婦に孝行するという手もあるが、これまた宿泊期間が限定されている歳末に、休暇がとれるような、のんびりとしている人達でもない。クーポンが利用できるのは、12月26日から12月30日の5日間のみだ。
 要するにクリスマスと年末年始という、稼ぎ時を避けた閑散期限定で、空き部屋を埋める目的だったのだろう。ボードに貼りだされている一等当選者が、俺以外にも軽く十名はいることから、それは察することができた。
 本日は12月28日。利用できるのは今日を入れてあと3日しかない。ということは、少なくとも明日にはチェックインしないと、せっかくの一等当選が無駄になるということだった。
「今日いきなり誘って明日来てくれる奴なんかいねーよな」
 商店街を後に、臨海公園駅へ向かう道すがら、溜息混じりに俺がぼやくと、男にしては小さな手で、肘の辺りをぐいっと引かれた。
「そんなに言うなら、まあ……僕が」
「なんだよ、俺とホテル行きたいの?」
「ば、馬鹿野郎っ……そんなんじゃねえよ! 困ってるんなら、つきあってやらなくもないって言ってるんだよ!」
 俺にタカろうとしている奴から、なぜか馬鹿呼ばわりをされた上に怒鳴られ、さらに、まるで俺が公衆の面前で辱めでもしたかのように真っ赤な顔をされて、こちらは頼んでもいないというのに恩着せがましい言い方をされた。
 とりあえず、参加者のうち二名は俺と慧生で決定した。残るはあと二人だったが、慧生と別れた三十分後に、慧生の彼氏である進藤伊織(しんどう いおり)が来ると決定してしまった。忙しいお医者様なのに、よく即決で予定が押さえられたものだと思ったが、少し考えてみれば、当然かもしれない。
「秋彦がホテルのペア宿泊券を当てて、僕も誘われたんだけど……」
 などと、慧生が思わせぶりに告げた途端、当直を同僚に押し付けてでも付いてくるだろう。
 あの恋人ならやりかねない。まあ、実際はたまたま暇だったのかも知れないが。なぜだか知らないが、俺は慧生の彼氏から、慧生との仲を疑われていた。
 残るは一席。
「こっちもカレシ同伴だから、どうせならお前もデカイ彼氏連れて来いよ」
 などと、慧生のメールは軽い調子で、本文を締めていた。だが、恋人にやきもちを妬かせつつも、上手く行っている慧生たちとは違い、俺の方は少々雲行きが怪しい。これを機会に修復を図るというのも一つの手だろうが、いずれにしろ肝心の相手は、例によって異国の地だからどうしようもない。
「とりあえず、困った時はアイツだろう」
 というわけで、アドレス帳から、ア行を開いてコールする。1コールで相手が出た。
『どうしたのよ』
 いかにも優等生らしいが、少々上擦って聞こえる女の声が電話に出る。
「突然で悪いんだけど、お前さ、明日、明後日って暇?」
『まあ、喫緊の予定は別にないけど……何なのよ一体、先に理由を言いなさいよ。話を聞かないと、あたしだって……』
「いや、ホテルに誘おうと思って」
『ばっ……馬鹿じゃないのっ……!?』
 なぜか、また馬鹿呼ばわりされる可哀相な俺。親切にも、豪華ディナー付き宿泊券を奢ってやろうというのに、最近の若い奴は、どいつもこいつも礼儀がなっておらん。
「あれ……江藤? おーい……何だよ、まったく」
 おまけにガチャ切りされた。まあ、お互いにスマホだから、厳密にはガチャンなどという衝撃音は、聞こえていないが、気分の問題である。
 仕方ないので、引き続き直江勇人(なおえ はやと)に架けてみる。
『ごめん……気持ちは嬉しいんだけど、その日バイトでさ。俺、店長に気に……』
 こちらから電話を切った。
「アイツはFLOWERS店長のお気に入りアルバイターから仕方ないな。しかし参った」
 他に二つ返事で俺に付き合ってくれるほど、面倒見の良い奴や都合の良い友達が、すぐには思いつかなかった。山崎雪子(やまざき ゆきこ)なら、オカルト話の一つも出してやれば来てくれるかもしれないが、さすがに女の子をホテルへ誘うわけにはいかないだろう。同じ理由で佐伯初音(さえき はつね)もマズイだろうが、それ以前にそんな話でも持ち出そうものなら、回り回って聞きつけた、佐伯に懸想中の変態小森みく(こもり みく)から、命を狙われかねない。江藤里子(えとう さとこ)の弟は、ガキの頃から俺を慕ってくれているが、中学へ進学早々女が出来た野郎をホテルなんかに誘うというのも、野暮な話だ。冬休み中は彼女とベッタリに決まっている。



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