などと悩んでいると、こちらの電話が鳴った。
「英一さん? でもどうして……もしもし……?」
 今頃はフランスへ向けて航行中の筈である、伯父の番号に首を傾げながら、取り敢えず出てみる。
『秋彦? わ〜本当に、これ秋彦の番号だったんだ』
 この声は……。
「ええと、ひょっとして春江さん? どうして英一さんの携帯……っていうか、飲んでます?」
 相手は蒲公英春江(たんぽぽ はるえ)こと本名、氷室春江(ひむろ はるえ)。母方の叔母にあたる女性だ。モデルを生業にしている、エロすぎて困る30歳の美熟女である。……29歳だったかもしれない。
『ひょっとしなくても飲んでるよ〜。ねえ、秋彦何してんの? ああ、わかったデート中でしょ。もしかしてエッチの……あん、やだってもう。可愛い甥っ子とのお喋り、邪魔しないでよ〜、秋彦とテレフォンセック……るの〜』
「あの…………」
『ごめんね〜、君、原田画伯の息子さんだよね。実は先生携帯をスタジオに忘れて行っちゃってね……もう今頃は飛行機に乗ってる頃だと思うんだけど、もしも連絡あったら、『泰陽(たいよう)ステーション』で預かってるって、伝えてくれる? ちょっと春江さん飲みすぎ。誰か止めて……』
「はい、わかりました……」
 『泰陽ステーション』とは、泰陽市のケーブルテレビであり、画家である英一(えいいち)さんがときおり絵画教室の教育番組を持っている、テレビ局である。ちなみに春江さんは、ときどきその番組で人物画のモデルを務めているため、恐らく本日その撮影があったのだろうが。
「一体、どこの席で何を言っているんだ、あの人は……」
 教育番組のレギュラー出演者が、反省会と称した打ち上げの席で、甥を相手にテレフォンセックスなどと口走るとは、いくら酔っ払いでも品も恥じらいもなさすぎる。まあ、どちらも春江さんに無縁の単語だというぐらい、俺は理解していたが。
「とりあえず、英一さんのパソコンにメールだけ打っておこう」
 メールアプリを起動した瞬間に、再び携帯が振動する。
「またかよ……っと、峰か。もしもーし」
『ガラポンで二回連続一等当選したというのは、本当か?』
 クソ真面目で抑揚のない声が、いきなり本題へ突入した。
「まあ、その通りですけど。あの、普通はこんにちはとか、最近めっきり寒いねとか、挨拶から入らない?」
『こんにちは。最近めっきり寒いですね。で、珍しく補習を免れたものだから、商店街で買い物三昧楽しんでいたわけか?』
「あのな〜、勉強はちゃんとやってるっつうの。買い物は、御節の材料とか買いに行ってたんだよ、うちは共働きですから、俺しか家のことやる人間いないの。そしたらいきなり抽選会場で一等当選、しかも2回連続ですよ。ちょっと凄くね? っていうか、お前なんで知ってんのよ。まさか慧生から聞いた?」
『いや、商店街に行ったら、ボードにお前の名前が二回書いてあったのを見かけた。ところで、秋彦、お前御節料理なんか作るのか?』
「マジかよ、すげえ恥ずかしいなそれ……やべぇ、学校始まったら俺、ヒーローか晒しモンのどちらかだわ。とにかくさ、ペア宿泊券が二枚だろ? 一枚は慧生がカレシ誘うっていうからそっちに渡すとして、問題はもう一枚なんだよな。来てくれそうな奴も、こういう時に限って予定埋まってたり、なぜかヘソ曲げちまってたりで、断られるしなぁ。お前もこの時期は家とか寺のことで忙しいだろうし、アイツは誘えないし……」
『俺なら空いてるぞ』
「へっ……? 明日、明後日なんだけど空いてるの?」
というか、よく考えたら俺は日程を相手に伝えていない筈なのだが。
『構わん。俺が行く』
 というわけで、急遽峰祥一(みね しょういち)を誘い、俺は年末のグランドイースタンホテルへ向かうことになった。



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