保健委員の俺は両手を腫れあがらせた峰を連れて保健室に来ていた。
「あら珍しい組み合わせね」
保健医は年齢不詳の美人、小早川麗子(こばやかわ れいこ)先生。
白衣の下はいつもぴっちりとしたワンピースやブラウスにタイトスカートを着用しており、飢えた男子には目の保養・・・いや、目の毒なのである。
峰の手に薬を塗って包帯を巻きおわった麗子先生は「今日は胃薬はいいの?」と続けて聞いていた。
胃薬・・・? こんな顔して実は胃腸が弱いとかだったら笑っちまうぜ。
峰が黙って首を横に振る。
痛みが治まるまで横になっているようにと言われた峰。
「あとよろしくね」となぜか俺に言い残し、またどこへやら麗子先生は消える。
先生公認のサボリである。
よくよく考えれば奇妙だった。
あのムカデはまちがいなく峰の荷物から湧き出た。
もっというと弁当箱からだろう。
まさか苛め? いや、どう見ても苛められるようなタマじゃない。
それにいつもどこで作ってくるのか、この傷・・・まさか親にやられてるのか?
「なぁ・・・」
声をかけたが返事はない。
二人っきりなんだからせめて返事ぐらいしろよと思いベッドを覗きこむ。
「嘘・・・もう寝てやんの」
ベッドには見たこともないような優しげな顔をして安らかな寝息を立てる、年相応の少年がいた。
ボフッと何かを顔に落とされ、びっくりした俺は床へ転がり落ちた。
目を覚ます。
ベッドから俺の鞄が舞い落ちてきた。
これを顔に落とされたらしい。
「いいかげんに起きなさい!」
いつのまにか制服姿の江藤が側に立って・・・あ。
「縞模様・・・」
顔を踏み潰された。
「この変態!」
丸見えだっつうの。
次の瞬間、江藤は峰のベッドへ行っていた。
峰は既に起きて座っており、江藤からノートを受け取っている。
「え〜と俺のは? もしもしクラス委員さ〜ん?」
強請ってみる。
「あんたのはただのサボリでしょ!」
そこへ遅れて俺の犬登場。
「なぁ一条、今日のグラマーと古典のノートとってる?」
「あ、うん。これ原田のぶんコピーしてきたよ」
一条が尻尾を振りながら、鞄から今しがたとってきたらしいコピー用紙を出しながら言った。
「おうサンキューな」
よしよし忠犬だな、お前。
「一条君、甘やかさない!」
手を出しかけたところでせっかくのコピーを取り上げられる。
ちぇっ。
「おい一条、ちゃんとあとでノート貸せや」
江藤に聞こえないように一条に接近すると、耳元で囁く。
「うん、わかってるよ」
心なしか頬を赤らめながら忠犬が言った。
・・・俺は少し一条から距離をとる。
帰り道、クラス委員の責任において峰を家まで送り届けることになった江藤。
俺と一条は峰の荷物を持たされた・・・実質一条が一人で持っていたわけだが。
その一条からノートを借りるため、俺も仕方なく奴らに付いて行った。
家では母親らしき綺麗な女性が出迎えてくれた。
優しそうな人だ。とても暴力を振るうようには見えない。
もちろん父親が呑んだくれで云々というスーパーシチュエーションはありうるだろうが、なんというか、そんな荒れた家にまず見えないのだ。
「お茶を飲んでいらっしゃい」と言われて上がりこむと、お手製のパウンドケーキまでご馳走になる。
DVの線、ハイ消えた。
食器がやたらと眩しい・・・。
「まさかゴールドですか?」
江藤がフォークを手にしながら聞いた。
「18金よ」
にこやかに峰のおばさんが目を光らせながら応える。
「へぇ〜、手入れが大変でしょうね。でもすごく綺麗!」
いかにも聞いてくれといわんばかりに添えてはあったわりには純金じゃないのかよというツッコミはさておいて、それにしたってじゅうぶんゴージャスだろう。
フォークは持ち手に、バラの絵がはめ込んであった。
ティースプーンもお揃いだ。
よく見ると紅茶のカップやケーキの置いてある皿も、同じようなバラの絵柄が入っている。
全部セットで、誰かのブランドなのだろうか。
女はこういうの好きそうだなぁと思いながらふと視界の外れを見ると、峰が手づかみでパウンドケーキを食らいつき、紅茶に砂糖は入れずそのままストレートでガブ飲みした。男前だ。
っていうか野生児かよ! それとも反抗期かよ!
それを見ても、おばさんは特に注意をしない。
けっこう甘やかされてんのかなぁ。
いくら手が痛いといっても、試しに持つぐらいは普通するだろうに。
呆れながら、俺様は上品にケーキを食すと、お茶とケーキのお礼を丁寧に言った。
峰宅を出る。
ふいに気配を感じて家をもう一度振り返ると、女の子がカーテン越しにこちらを見ていた。
ありえないぐらいに美少女だ!
しかもペコリと会釈されてしまった。
ああ、どうも・・・とこちらも軽く頭をさげる。
「何してるの?」
江藤も振り返る。
「たぶん峰の妹」
「ふうん・・・似てないわね」
「そうか? まあ峰みたいな憎たらしい男の血族には確かに見えないけどな。でもすげー可愛いな」
「そうかなー・・・まあ確かに大人しそうな感じはするけど」
「お前それやっかみすぎだろ」
これだから女は怖い怖い。
「うっさいわね! っていうか、なんかあたし、あの子見たことあるんだけど・・どこで会ったのかなぁ」
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