翌日どうにか復帰したらしい峰の元へ、登校するなり江藤がやってきた。
手には今朝の社会面。
「ねえ峰くん、この女の子に見覚えない?」
峰はチラと記事を見ると、
「ねぇよ」
「本当に?」
「ああ」
「そんなはずないと思うんだけど」
「お前、意外にしつけぇな」
ちょっとムッとしてみせると、さっさと席へ着いた。
昼休み。
江藤に引っ張られて道場で弁当を食べることになった俺は、再び新聞記事を見せられた。
例の二葉の女の子が死体で見つかったという今朝の記事だった。
「なんであんなこと言ったんだよ。あれじゃまるで峰を問い詰めてるみたいだぞ」
「だって、絶対知ってるはずなのよ・・・勘違いなんかじゃないわ」
「そりゃ峰は二葉に通ってたけど、必ず知りあいってわけでもないだろう。学年だって違うし」
「だから、知らないはずないって言ってるの。なのに峰君ったら見たこともない、って言ったのよ?」
そういうことか・・・。
あれほど騒ぎになってるニュースだ。
しかも二葉は峰が春先まで通ってた出身校。
妹は今でも通ってて、しかも同じ学年ときた。
そりゃ確かに”見覚えもない”ってのは不自然すぎる。
少なくともニュースでこの2日ずっと流れてた顔なのだ。
それにしたってだ。
「お前カマかけてたのな・・・。まあ江藤が何に疑いを抱いてるのか知らんが、それにしたってあの言い方はないだろう。ありゃ峰が容疑者扱いされたと思って怒るのは当然だぞ」
「そういうことじゃなくて・・・もう! なんでアンタが判んないのよ! この子じゃないの、峰君ん家にいた女の子!」
俺はそれこそその場に凍りついた。
少女の名は石川こずえ。
二葉中学2年の女子生徒だった。
1週間前学校へ行くと自宅を出たきり、夕方7時近くなっても帰ってこず、何か部活に入っていたわけでもない彼女の親はすぐに警察へ連絡した。
最後に彼女らしき女子生徒が目撃されたのは、学校から2キロ離れた城西(じょうさい)公園前のコンビニ近く。
高校生ぐらいの男子二人と歩いていたということだった。
2日前になり、警察は公開捜査を始めた。テレビや新聞で彼女の写真が報道され、徐々に目撃情報が集まりだし、そして昨日。
彼女は遺体となって発見された。
場所は駅裏の国有林。
二葉学園から彼女の家の通学路だった。
最後の目撃情報と思われていた城西公園とはまったく離れているため、却って発見が遅れたのだろう。
少女の遺体に乱暴された形跡はなく、多量の睡眠薬が検出されたため、自殺と判断された。
そして遺体の近くには遺書めいた走り書きのあるノートが置かれていた。
暴行を予感させた城西公園の目撃情報が彼女である可能性は低くなったものの、生前の彼女が苛めに苦しんでいたと考えられる幕引きはとても後味が悪かった。
「しかし、だ・・・なんでこの子が峰の家にいたりするんだよ」
江藤は何に気づいたというのだろうか。
ますます謎は深まる。
まりあちゃんが匿っていたとでも? しかし何のために?
「言ってなかったっけ・・・あたし、ときどき見えるって話」
見える、とな。
何が・・・まさか。
「おまえ・・・いくらぼちぼち季節だからって、やめろよな」
「なんでアンタ相手に真昼間の道場で、リアリスティックな怪談サービスしてやんなきゃなんないのよ!」
サービスじゃねぇよ、んなもん。
「てか、お前マジで言ってんの?」
寒いぞ・・・悪寒走ってるぞ、いろんなとこに。
「冗談でこんな話するわけないでしょ。あたし、そういうたぐいの不謹慎なネタ大嫌いなんだから」
確かに江藤は人の不幸をネタにするようなヤツじゃない。
「なんだって、じゃあ、峰ん家で・・・お前が見た子って、この子で間違いないのか?」
「たぶん」
「たぶんって、峰問い詰めといて、確信ねーのかよ」
「そんなこと言ったって、二階の窓にちらっと見ただけなのよ? 無茶言わないでよ。・・・でも、写真見た瞬間ピンと来たのよ。だからたぶん・・・間違いないと思う」
第六感ってヤツか・・・。
「んじゃまぁ・・・行ってみるか」
「行くってどこに?」
「駅裏の国有林なんだろ、発見されたの。この近くじゃん」
歩いて5分もかからない。
「ちょっと本気で言ってるわけ? それこそ冗談じゃないわよ、自殺の現場になんて冷やかしで行くようこと、あたし絶対嫌よ」
「冷やかしじゃねえだろ。つうかお前そこまで煽っといて、今更なに言ってんだ? 気になってるんじゃねえのかよ」
「そりゃぁ気にはなってるわよ・・・でも、大会近いし・・・」
「んなもん後回しだろうが」
「そういうわけに行かないわよ、私今年は副主将なんだから」
「じゃあ終わんの待っといてやっから」
結局江藤は来なかった。
代わりに一条がなぜかきた。
一条曰く「マジごめん、あたし本当にそういう場所ダメなんだわ、だから一条君よろしくって言ってたよ。」とのことだった。
一条お前、それでいいのか?
結局国有林へは入れなかった。
考えてみれば当然だ。
「昨日死体が上がったばっかの場所に行けるわけねーよ・・・」
「すごい数の警察だったね。大事件みたい」
だから死体が上がったと・・・。
「これからどうするの?」
「どうもしねーよ・・・まあ江藤が気になってただけだしな」
っていうか江藤の話は確かに気持ち悪いんだが・・・などと喋りながら歩いてると、曲がり角を勢いよく走ってきた何かとぶつかった。
足元に散らばるプラスティック製品。
「あ、ごめんな・・・大丈夫か?」
見るとなんと峰の妹、まりあちゃんだった。
めずらしい。
いやまりあちゃんだって走ることはあるだろうが、お嬢様と道路を走るという動きのイメージはあまり結びつくものではない。
まりあちゃんと一緒にちらばったものを拾い上げる。
ペイントスプレー、画鋲、懐中電灯・・・。
「明日の授業で使うの忘れて買いに行ってたんです・・・拾ってくれて有難うございました」
そう言うと、まりあちゃんはまた小走りに走り去って行った。
「変な子だね」
「そうだな」
「原田、何も聞いてないのになんで教えてくれたんだろう」
ペイントスプレーに懐中電灯なんて、授業で使うかよ普通。
画鋲だって、大抵学校に用意してあんだろ。
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