カプチーノの間『うさぎ』第一部

「両親は、物心ついたころから二人とも殆ど家にいなかった。
俺は小さかった頃、まだそれほど忙しくはなかった両親に可愛がってもらった記憶があるが、まりあには殆どそういう経験がない。
だから俺がずっと妹の面倒をみてきて、そのせいかまりあはいつも俺がいないと淋しがった。
小学校へあがっても、まりあはまったく友達を作らず、いつも俺と一緒にいた。
性格的な問題もあるんだろうが、まりあは俺以外に心を開けなかったんだ。
そして俺が中学へ上がったころ、まりあに少しづつ変化が起きた。
俺に女友達ができるたび、まりあはひどく機嫌を損ね、前よりずっと俺にまとわりつくようになった。
まりあが中学へ上がれば、そんな甘えも治っていくだろうと思ったが、実際はさらに酷くなるばかりだった。
そして今年の4月、飼育当番だった俺はクラスの女子と一緒に放課後、ウサギ小屋の掃除をして帰った。
次の日登校してみるとウサギは・・・・。」

そこで峰は顔を顰め、俺は息を呑んだ。
俺は今なら自然と思い浮かべることができる。
鉈を振りかざし凶行へ走るまりあちゃんの姿を。
俺は黙って頷き、納得していることを伝えると、峰に話の続きを促した。

「罪は俺が被ることにした。
飼育当番だった俺が最初から疑われていたし、一緒に当番をやっていた女子はもちろん覚えがないから、彼女が帰ったあとで俺がやったと思わせるのは容易い事だったからだ。
だが、高校へ上がってもウサギを飼って飼育当番なんかをさせるぐらい、二葉学園ってところは情操教育に力を入れているところだ。
実体はどうあれ、あの学校で苛めや動物虐待なんてものが起こってはいけないんだ。
すぐに俺の噂は広まった。
俺はそれを甘んじて受け入れる覚悟を決めていたが、何が悪かったのか、どうして俺が責められているのか、それを俺が受け入れる覚悟がどういう重さを持っているのか、そんなことをまりあはまるで理解していなかった。
まりあにしてみれば、俺がクラスの女子と一緒にウサギの世話をしていたのが面白くない、ただそれだけだった。
俺はこのままではまりあのためにもよくないと感じ、初めてアイツと距離を置くことを選んだ。
そして二葉を退学し、城陽へ入学した」

実際、学校に居辛くなっていたのは確かだから、ご両親もすぐに理解してくれたらしい。
幸いまだ4月だったため、単位の問題は関係なく、また難関とされる城陽の編入試験をほぼ満点近くでクリアしたため、峰はそのまま2年で編入された。
まりあちゃんが真似をする可能性は当然あったが、城陽の編入試験の受験レベルに彼女は達していなかったため、峰自身が説得して二葉へとどまらせたのだそうだ。
だが、離れて少しは落ち着いてくれると思ったまりあちゃんの執着ぶりは結果としてまったく収まらず、それまではウサギへ危害を加えるなど間接的に行っていた凶行が、徐々に峰自身へ直接的な形で行われだしたらしい。
それは、弁当箱へムカデを詰めたり、真夏の常温に一晩さらして確実に腐らせたおかずをつめたり、夜間の学校へ忍び込んで画鋲を上履きへ敷き詰めたり・・・。
当然、家ではまりあちゃんが仕掛けたさまざまなトラップで峰は被害を受けているのだそうだ。
どうりで峰が、しょっちゅう怪我をして登校してくるわけだ。
休みがちなのも、いろいろと事情があるのだろう。

「どうしてちゃんと話し合わないんだ?」
「話ができるぐらいならとっくにやってるさ」
俺はそのまま強引に峰の家へ泊り込むことにした。
峰は話をできないと決め付けていたが、なぜ試さないのか俺には理解できない。
勝手にしろと峰に言われ、勝手にさせてもらうことにした。


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