「俺は責任もたねぇからな」
「ああ、副委員長に擦り付ける気はないから安心しろ」
結局峰が寄越してきた内容をそのままメール本文にタイピングして、指定のタイトルを付けて、体育祭実行委員会のアドレスへ送信すると、俺達は学校を後にした。
戸締りを済ませ、職員室へ鍵を返しに行くと、殆どの先生がたが帰ったあとで、我が3−E担任である井伊先生の席も空になっていた。
「遅くまで御苦労さま」
入れ違いに有村先生が職員室へ入って行き、俺たちも挨拶をして昇降口へ向かう。
校門を出る頃には7時半を過ぎていた。
体育館はすでに明かりが消えており、照明が点いたグラウンドもサッカー部と野球部を残し、ほかの運動部達はすでに練習を終了しているようだった。
「ラーメンでも食っていくか?」
ぼんやりとグラウンドを眺めながら、校門前の道を歩いていると峰が言いだし、俺達は臨海公園駅前にある天王(てんおう)へ寄って行くことにした。
「俺は構わねーけど、お前は大丈夫なのかよ。こんな時間に寄り道すると、また、まりあちゃんが怒ったりしないのか?」
「まりあなら、今日から合宿だ」
「合宿・・・?」
そういえば妹の峰まりあ嬢とは、城南(じょうなん)女子オカ研の夏合宿で会って以来だが、最近はあまり峰の口から彼女の話を聞かなくなった。
兄離れというか、妹離れしつつあるのだろうか。
「どうやら二学期から都市伝説研究部に入ったらしく、この週末を使って城南女子と合同研究合宿をやるらしい」
まりあちゃんが元々、都市伝説に興味があったという話も聞かなければ、オカ研の合宿で楽しそうにしていた覚えもなく、あるいはあの合宿でオカルトに興味を持ったようにも見えなかったのだが・・・。
しかも城南女子と合同ということは、今頃は山崎雪子(やまざき ゆきこ)達と鉢合わせになっているという意味で。
「これまたどうして、そんなことに」
というより、二葉(ふたば)にも都市伝説研究部などという、サブカル部活動が存在していること自体からして、結構な驚きだ。
城南といい、高偏差値校へ通う連中の方が勉強のしすぎで、脳の疲弊から非現実的な事象に対する常識的な否定感が無くなり易いかもしれない・・・・適当な理屈だが。
「我が妹とはいえ、女の考えることはよくわからんな。とにかく、なぜかあいつは、その合宿に俺も来ると思っていたらしく、そうではないと判明した途端に退部すると言い出したから、参った」
「そうか・・・ひょっとしたらオカ研が夏合宿みたいなことをしょっちゅう俺達とやっているのだと、勘違いしたのかもな」
「ああ。しかし俺は、まりあにそんな身勝手な人間にはなってもらいたくはないんだ。だから、一旦決めたことなら最後までやり通せと叱り、卒業まで部活を続けると約束させた」
「それは、理解してくれて良かったな。・・・・ん、まさかまりあちゃんがその部活に入部した理由って」
オカ研の合宿へ参加した為に、峰がそういう物に興味があると誤解したからだとしたら・・・。
「さあな。よくわからんが、とにかく最初はあまり乗り気じゃなかったわりに、真面目に活動しているようで、それは何よりなのだが・・・」
「何かあったのか」
「最近は妙な知識を身につけたらしくて、ちょっと困っている」
「妙な知識?」
「うん。・・・この間は俺の洗濯物から何かを拾って部屋に持ち帰っているのを見てしまった」
「・・・・おい、それはまさか」
つまり、その・・・まりあちゃんも年頃の女の子だからそれなりに・・・いや、まて。
だが、相手は実の兄なわけで・・・ごくり。
「多分毛髪だ」
衣類ではなく身体の一部を主菜にしただと・・・!?
いやいや、峰は毛髪と言ったんだ、毛髪と・・・落ち着け俺。
「えーとその、シャツとか制服の上着とかからだよな」
「下着やスラックスからだと思ったのか」
違うのかよ。
「いちいち確認してくれるな。・・・で、その持ち去った物体はどう処理されたんだ」
「お前の期待にこたえられるのかどうかは、わからないが」
どきり。
「勝手に俺の期待を想像するな」
どきどき。
「人形に埋め込まれていた」
「人形だと?」
「こう、人の形をしたニット素材のような粗雑な人形で、夜中に何かを唱えながら釘を刺したりして・・・」
「それはなるべく早いうちに退部させたほうが、いいかも知れんぞ」
峰の寿命に関わる問題になっていた。
そして言いながら気がついた。
「ちょっと待て、峰」
「なんだ」
「どうして”夜中に釘を刺している”ことを知っている」
「それは大事な問題か」
「倫理的に看過できないポイントだ」
「無暗に家族の問題へ首を突っ込まないで頂きたい」
「シラをきるなら、善意の第三者として通報するぞ。大体何だ、そもそもまりあちゃんは、お前がオカ研の合宿に参加したりしたから、お前がオカルトに興味があると思って、よく知りもしない都市伝説研究部なんて危ない集団に入っちまったんじゃないのか? そこに責任は感じないのかよ」
まりあちゃんは、きっと峰と共通の話題が欲しかっただけなのだろう。
色々と屈折した問題の多い少女ではあるが、その純粋な気持ちを峰が理解してやらないのは、少し許せない気がした。
「おい、いきなり何だ。お前こそ、わかりもしないのに人の母校の部活を捕まえて、危険組織扱いは失礼だろう。それに、オカ研の夏合宿参加を言うならそもそもお前が・・・・・まあ、いいだろう。・・・だいたい、衣類に付着した体毛を持ち出されているのは俺の方だぞ。その俺がなぜ通報されなきゃならない」
峰は何かを言いかけて止めると、自分の正当性と被害を主張してみせた。
「誤解しそうな言い方をするな。あんな可愛い女の子を下品な言葉で穢すんじゃない」
「さっきからお前の言い分に不純なものを感じるぞ」
「気のせいだ。・・・議論している間に店に着いたな。話はここまでにしよう」
そろそろ人の目が痛かった。
俺達は結論の出ない討論に終止符を打ち、天王の暖簾を潜った。
委員の仕事でこうして居残りをした帰りに、二人で天王のラーメンを食べに来るということは、3年になり何度目かのことで、二学期以降3回目になる。
もちろん篤には内緒で、峰も黙ってくれている。
別に疚しいことをしているわけではないのだ。
峰にしても、以前旧校舎に二人で閉じ込められたときに、思わせぶりなことを言っていたわりには、あれから俺に何かをしてきたり言い寄って来るわけでもない。
あるいは、あのとき、思わせぶりだと思ったこと自体が、俺の勘違いという可能性もある。
だから俺たちに特別な意図があるわけでは、けしてないのだが・・・。
それでも、峰と学校の外で二人きりになることは、俺にはどこか後ろめたさが付き纏っていた。
ということは、意識しているのはむしろ、峰ではなく俺の方だということなのだろうか。
いつものように二人でカウンター席に並んで座り、お互いラーメン餃子セットを注文する。
これもまた、もはや恒例だった。
食べている間は、大して会話があるわけではない。
峰は黙々と麺を啜り、タレに浸した餃子を口へ運んだ。
ときおり箸を止めたかと思えば、目線はカウンターの奥のテレビ。
これもいつものことだった。
俺はそんな峰を見つつ、これまで彼との間に起きた出来事を、ついつい考えてしまう。
絵に描いたように美しい、整ったその横顔。
この唇が、過去に2度、俺に触れているのだ。
まったく・・・・本当に、どう思っているのだろうか。
「冷めちまうぞ」
「えっ・・・うわっ」
突然峰がこちらを振り返り、ぼんやりしていた俺と目がバッチリ合う。
慌てた俺は割箸を取り落とし、弾みで汁がそこらじゅうに跳ね跳んだ。
「何やってるんだ」
俺の足元に落ちた箸が一本、もう一本は峰が座っていた椅子の向こう側へ飛び、それぞれ床へ降りて拾った。
峰が俺の手から箸を取って、ゴミ箱へ捨てに行く。
「ごめん・・・」
よく見ると、峰のネクタイにも汁が飛んでいた。
俺はポケットからハンカチを出し、染みを拭く。
峰が手を重ねてそれを止めてきた。
「気にするな、大したことない」
「何をっ・・・!」
俺は思わずそれを振り払って自分の手を引っ込める。
「原田・・・?」
峰が目を見開いて俺をまじまじと見ていた。
「あ・・・えっと、悪い・・・ちょっとトイレ行って来る」
俺は顔が紅潮していくのを感じ、溜まらず目を逸らすと、そのまま店の奥にあるトイレへ駆け込んだ。
峰は何も言わずに俺を見送っていた。



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