『県立城西高等学校文芸部』




<シーン1:修羅場る生徒会執行部 其の壱>


ここは某県某市の風光明媚な学園都市に位置する、県立城西高等学校生徒会執行部。
1学期の期末試験も終了し、各部から持ちこまれて溜まりに溜まった領収書や部費追加の陳情書に目を通し、電卓を叩いていたときのこと。
我が会長がポツリと呟いたその一言で、生徒会室は一瞬水を打ったように静まり返った。
「BLをやりたいわね。」
彼女は3年A組の明智信子。
身長162センチぐらい、体重おそらく50キロ弱。
背中にまっすぐ垂らした艶のある髪は烏の濡れ羽色。
そして肌理細やかな色白の面差しに、憂いを帯びた涼しげな目もと・・・、僕、前田博文の理想を絵に描いたような美人だ。
彼女は今、自作の白黒イラストにアミ点のスクリーントーンを貼っている。
絵は、本人を思わせるような切れ長の目をした男が二人、ロマンティックに見つめ合っていた。
「会長、その意見にはあたしも心から賛成したいんですが、誰が文章書くんですか?」
2年B組、上杉貞が人差し指でピンク色の細い眼鏡のブリッジを押し上げながら言った。
上杉は現在、ネームノートにシャーペンでデカデカと擬音を書き込んでいる最中だ。
吹き出しもいくつか見えるが、向かいの席から確認出来るだけでも誤字、脱字を5つ以上発見できる。
どうやら同じところを見ていたらしく、隣に座っている副会長が、吊りあがり気味な目元をピクピクと神経質そうに震わせた。
彼、3年D組の真田英機は、夏休みのボランティア活動についての議事録を鋭意校正中だ。
それが終わると、締切間近な『城西高等学校生徒会新聞』の校正に取り掛かる様子である。
どちらも上杉から回ってきたものだ。
「そこが問題なのよね。うちは絵師ばかりで物書きがいないのが弱点。文系のくせに日本語に弱い上杉には任せられないし・・・。」
会長が物憂げな溜息を長く吐く。
まるでフランス恋愛映画のヒロインのようだ。
「はぁ・・・どうもすいません」
指摘された点については馬鹿な上杉本人にも自覚があったらしい。
「会長の友達で、他にいないんですか? 漫画や小説書いてる人」
机の上に水彩絵の具を広げて、ユニコーンと少年のイラストをパステル調に仕上げている2年C組の織田環が言った。
彼女以下3名の美術部員たちは、こうして定期的に生徒会室へ出現する。
それがいつかというと、近隣でコミケが開催される直前の数日間だ。
「おい、明智いるか?」
開け放した入り口から、3年の男子が1名入ってきた。
「ノックぐらいしなさい。」
「開いてるじゃないか」
彼は石田是清。
文芸部の部長を務めている。
生徒会新聞にときどき原稿を書いてもらっているので、執行部のメンバーとは顔馴染みだ。
手にはなぜか大手電気店の広告を持っている。
「何の用なのかしら、今とても忙しいんだけれど。」
「前から不思議だったんだが、ここは生徒会室で合ってたよな? どうしてときどき、締切間近の漫画家の部屋みたいになるんだ?」
「締切間近だからよ。キミとおしゃべりしている暇はないから、用があるならさっさと仰い。」
「今の発言には根本的な問題が解消されていない気もするが、見る限り本当に議論している余裕がなさそうだな・・・要件だが、単刀直入に言う。部費の陳情に来た」
「いくらなの?」
「10万だ」
「帰りなさい。」
「いや、聞けよ・・・」
「文芸部のどこにそんな大金が必要あるのよ。紙と鉛筆さえあれば十分でしょう。」
「ワープロ買いたいんだよ」
「ほう。それまた大胆なことを。」
「これからの社会、キーボードタッチに学生のうちから慣れておくことは悪いことじゃないだろ? あと十数年もすれば21世紀が来るというのに、いつまでも手書きの時代じゃない。文集の仕上がりだって格段に良くなる。そりゃ安いもんじゃないが、何も毎年申請するわけじゃないんだ。1台買っておけば、しばらくはそれを使える」
「なるほど、一考の余地ぐらいはある意見を用意してきたというわけね。でもそんな高価な買い物が、どうして今必要なのかしら? 来年度の予算編成のときに、申請するのが筋じゃなくて?」
「文化祭に間に合わせたいんだよ。今なら夏のバーゲンで安く買える」
石田部長が広告を広げた。
黒い機械に赤ペンで丸印が入っている。
有名な電気メーカーの社名と99,800円という値段の上に、毛筆のレタリング文字で大特価という文句が、爆弾吹き出し付きで書いてあった。
「ほほう。それに、今買えばあなたも使えると。」
「まあな、それもある」
「案外素直ね。」
石田部長は広告を会長の机の上で、彼女に向け広げて見せた。
会長は黙ってそれを見下ろす。
他の役員たちが固唾を呑んで二人を見守っている。
「ダメなら来年度の予算編成のときでもいいんだ。とにかく、文芸部にそういう考えがあるという意見だけでも、教頭に伝えてくれないか。・・・邪魔したな」
そう告げて石田部長は出口に向かった。
「いいわよ。なんとかしましょう。」
会長が告げる。
「あの会長・・・でも、ちょっとそれは値段が・・・」
「本当か!?」
不安そうに上杉が口をはさむ。
振り返った石田部長の表情がパッと明るくなった。
「ただし、条件があるわ。」



02

☆BL短編・読切☆へ戻る