<シーン5:武田の野望>




「喜んでくれ。ついに完成したんだ」
いつもなら通学客で込み合う改札で俺を見つけた武田は、そう言ってVHSの120分テープを手渡してきた。
「このラベル、どうしたんだ?」
背に張り付けてあるラベルに書かれた文字は明朝体。
レタリングシールの類ではなく、印刷文字。
「親父のワープロ借りた。・・・そっちじゃなくて、内容を聞いてくれよ」
武田が3日3晩寝ないで編集したという『HITOSHI’S CHOICE』VHSバージョンは、先週SONY MUSIC TVで放送していたハードロック特集からの録画が殆どのようだった。
あとは、武田自身の手持ちのコレクションから、レアな掘り出し物が数曲。
「お前の親父さん、ワープロ持ってんだな」
夏休みに入るなり、髪を明るい色に脱色してきた武田を後ろに乗せて、自転車を漕ぎ始める。
終了式以来、クーラーが効いた部屋でのインドア生活が続いていたせいだろうか、ペダルがちょっと重い・・・俺の運動不足か、武田の体重が増えたのか、あるいはその両方か。
「だから、テープの内容についてもっと反応してくれよ。・・・フロットサム&ジェットサムのライブが入ってるんだぜ? ほら、ジェイソンが在籍していたバンドだよ。このあいだ注文していたアリゾナライブがやっと入荷したんだ・・・映像はステージの人影がどうにか識別できるレベルなんだけど」
「そんなもんに、よく金出すな・・・」
つまり盗撮じゃないか。
「だって来日しねぇし、PVも放送しねぇんだもん」
まあ、そこは同情に値するが・・・。
「マイナージャンルの悲しい性か」
「だからこうして布教活動に努めてるんじゃん。鍋島もそろそろハードロック/ヘヴィメタルの魅力にとり憑かれてきただろ?」
「いや・・・べつに」
「こうしてフロットサムやヒーゼンの話に違和感なくついてこられるようになったのも、一重に俺の調教のお陰ってわけだ。あと半年もすればお前がヘヴィメタルディスコで俺と一緒に、ヘッドバンギングをしているであろう雄々しい姿が目に浮かんでくるぜ!」
「変な未来を勝手に想像するなよ・・・」
「まあ聞けって。ちゃんと部活のことも考えてきたんだから」
「お前は、またどうせ・・・」
武田は1学期の部活中、文芸部の文集に、音楽雑誌にあるようなレコードレビューを載せたいと提案して、部長や先輩達をドン引きさせていた。
恋愛小説やファンタジックなポエムと並んでヘヴィメタルのレコードレビューを載せるのは、どういう感覚なのか謎だ。
そもそも武田は、文芸部に在籍する理由からして謎なのだ・・・・小説や詩を書くわけでなし。
「新しい文集を発行するんだ。そこには詩や小説といった内容は載らない。音楽や映画だったり書籍だったり、みんな各自の得意分野について、思いの丈を書くんだ。つまり、新聞や雑誌のコラム、論評のイメージだ」
想定外すぎた。
「それって文芸部のやることか?」
「やっちゃいけない理由ってあるのか?」
「いけないことはないと思うが・・・」
エッセイや評論も文芸の一種である。
「俺はぶっちゃけ、小説や詩を書いてるより、断然、読者獲得につながると思うぞ?」
確かに。
正直、今の文集は評判があまり高くない。
固定層と言える読者がついているのは、生徒会新聞に不定期連載をしている部長の石田先輩ぐらいだ。
容赦のない言い方をすれば、各自の自己満足に過ぎない内容である。
しかし、高校生の部活動で、読者数まで気にする必要ってあるのだろうか・・・。
「まあ、書いてる分には楽しいだろうとは思うけどね」
どうせ武田は好きなバンドのことを書きたいだけだろうし、俺もブライアン・アダムスやポリスについて記事を書いて、人に読んでもらうなんて、想像しただけでワクワクする。
「俺はこれから、2学期の活動内容として、このことを提案するつもりだよ」
武田が言った。



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