<シーン8:雑誌を作ろう>


「雑誌って・・・なんの雑誌?」
島津先輩が聞く。
「そうですね、しいていうなら、趣味の雑誌かな。なんでも良いんですよ。皆が興味のあることについて、書きたいことを書くんです。但し一貫性を持たせるため、各自担当を決めてください。たとえば俺なら音楽。北条先輩なら映画、直江先輩は料理、伊達先輩なら・・・えーと、やっぱりピアノですかね?」
「はい、はーい! あたしはマンガがいいでーす!」
「おいおい、そんなものまで入れたら、同人誌みたいになっちゃうだろ」
島津先輩が元気に挙手して意見を述べたが、石田先輩に否定される。
「多分なりませんよ。・・・いや、なってもいいかも知れない。とにかく、守ってほしいのは各自自分の担当分野は守ること。そして、できれば記事に、毎回何らかの連続性を持たせてください。みんな、文章力はあると思うんで、あとはどれだけ記事内容に魅力を持たせるか。競うぐらいの気持ちで書いてみてください」
驚いた。
朝チラッと話を聞いただけの時は、単に武田が『バーン』とか『ビバロック』とか、ああいう音楽誌の真似ごとをしたいだけなのだろうと思っていたのだが、まさかちゃんと完成の青写真を描いて話しているとは想像しなかったのだ。
「エッセイ集か」
毛利先輩が言った。
「面白いなそれ・・・たとえばテーマがカレーだとして、それがインドからイギリスに渡り、幕末期に日本にもたらされて、いつ頃食卓の人気メニューとなったかまでを、噛み砕いて連載形式にすればいいわけか」
「単にその歴史を追うだけじゃなく、そこに纏わるエピソード、または戦隊物の黄色い隊員はどうしてカレーが好きなのか、なんて感じに話を膨らませてもいいと思いますよ。ただし、レシピはやめてくださいね」
「ダメなのか?」
「そこで趣旨が変わってしまいますので、連続性が途切れます。生徒会新聞で石田先輩の小説がなぜ人気があるか判りますか? 舞台がカフェという不変性があるからですよ。ただし、今までの文集はそのまま続ける。やはり文芸部の活動といえば詩や小説の創作ですからね。部数を半々。最初は8:2程度でもいいでしょう。もしも雑誌が成功したら、そのとき部数を増やせばいい。うまくすれば、そこから文集に興味を持ってくれる読者だって出て来るかもしれない。必要なのは俺達のアイディアと労力だけ。費用は今と変わりません。・・・部長、俺の意見、どうですか?」
誰も反対する者はいなかった。
そりゃあそうだ。
つまり、みんな自分の好きなことについて書いたらいいのだから、嫌なわけがない。
そのうえ、武田の話には、可能性が感じられた。
文芸部の新しい方向性だった。

 

担当ジャンルについては少々揉めた。
まず、俺と武田。
ここは提案者の武田に俺が譲った。
その結果、武田の担当は音楽、俺は昆虫になった。
「昆虫なんて、何書けばいいんだよ・・・」
俺が嘆いていると、
「俺なんかヨーヨーだぞ。そりゃヨーヨーは集めてるよ。でも語ることなんて別にねーよ。つか、ヨーヨーって遊んでナンボだろ? どうやって文章を膨らませろっていうんだ? さっきあれだけカレーの話で盛り上がってたのは、何だったんだ?」
カレー屋でバイトをしている直江先輩が言った。
直江先輩のカレーは、石田先輩の珈琲と、同じ飲食系として方向性が被る為、却下されたのだ。
俺のロックが武田のハードロックに負けたことより、その否定の仕方は酷い気がした。
カレーと珈琲の共存が、よもや不可能だとは・・・。
こうして誰かに何かのジャンルを譲った人は、それぞれ二つ目の趣味や専門分野を担当として受け持つことになる。
気分次第に何となく書くのではなく、ずっと趣味や専門として入れ込んでいるものでないと、毎月の連載が難しいからだ。
「でも、昆虫採集なんて誰でもやるだろ? それに俺、べつに今は虫取りなんてしてないぞ?」
「だって鍋島、サソリの生態について、前に長々と講釈してくれたじゃないか。尻尾に見えるやつは後腹部といって、中に内蔵が詰まってるとかなんとか・・・」
「やだぁっ、そんな記事書くの? 気持ち悪い!」
今後、部活としてフロットサムやらヒーゼンについて、思う存分語れることになった武田が陽気に他人事として俺を慰めていると、それを聞いた島津先輩が眉を潜めて俺を睨んだ。
「書きませんよ・・・だからあれは、たまたま図書館で読んだ図鑑にそう書いていたから吃驚したってだけの話で・・・」
「高校生が昆虫図鑑を読んで楽しそうに誰かに語って聞かせること自体、あまりあることじゃないと思うぞ。小学生ならともかく」
「馬鹿にしてんのか!」
だいたい、サソリは昆虫じゃない。
鋏角目クモ形類だ。
「そうじゃなくて、それは好きだってことだろ? いいじゃないか昆虫。思う存分語れ!」
「そうだそうだ、昆虫なんかまだいいだろ。俺なんかヨーヨーなんだぞ!」



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