他の連中は、文芸部の新しい活動である『雑誌』について、熱心にアイディアを出し合っているようだった。
話の中心にいるのは武田。
これまで部活動を見ていただけの武田は、たった数時間で文芸部の中心的存在になっていた。
俺は入力スピードがなかなか上げられず、一人違うテーブルで、孤独に機械と格闘し続けている。
1時間も経ったころには、自分がなんだか惨めになっていた。
「少し休憩しないか?」
そう言って目の前に紙パックのコーヒー牛乳が差し出された。
「先輩・・・」
いつの間にか、また俺のテーブルに戻ってきた石田先輩が、机の端に腰かけ、同じものを手にして俺を見ていた。
窓から差し込む傾きかけた日差しが、先輩の影を濃く机に落としている。
肘に当たった紙パックがひんやりと心地よい。
「頑張っている鍋島にご褒美だ。・・・皆にはナイショな」
逆光になっている表情が柔らかく微笑んだ。
「でも、もう気付かれてるみたいですよ」
俺達を見て、ズルイと騒ぎ始めた武田や島津先輩、直江先輩達に向かって、欲しけりゃ下の自販機に買いに行けばいいだろう、と石田先輩が笑いながら言い返した。
その様子を見てやれやれといった感じに溜息を吐いた毛利先輩が立ちあがり、皆からリクエストを募りだす。
どうやら副部長の立場として、毛利先輩が皆にジュースをおごることになったようだった。
見かねた井伊先生が、準備室に自分の財布をとりに戻って、毛利先輩に資金を渡す。
「ああ・・・なんか悪いことしちまったな」
そう言って苦笑すると、先輩はまた俺に向かってニッコリ微笑みかけてきた。
昼食時に感じた違和感に、ふたたび襲われる。
石田先輩って、こんなに俺に優しかったっけ・・・?
結局、小休憩の後にタイピングの練習を再開し、部活終了までひたすら俺は五十音を打ち続けた。
6時を回り、夕食のために皆で学校を出る。

 

駅前のラーメン屋にやって来てワイワイと食事をとっている間も、皆は新しい雑誌作りの話で、すっかり盛り上がっていた。
なんとなく自分だけ、出遅れたような感覚に襲われていると、後ろからコツンと後頭部を突かれる。
石田先輩だった。
「あの・・・」
どう返答して良いのか戸惑っていると、先輩はニッコリ微笑みながら隣のスツールに腰を下ろし、俺の耳元へ顔を寄せてきた。
なぜだかドキドキしている自分に気付く。
「ぼうっとしてると、食っちまうぞ」
「えっ・・・?」
低く囁かれて俺は心臓が早鐘のように打ち始めたことに、自分でますます焦る。
まだ半分以上残っているラーメンのことだと判っているのに、その言い方が妙にいやらしくて・・・。
「ああー、そこの二人イチャイチャしてるー!」
「まあなんてこと・・・、部長先輩が鍋島君を襲っているのですか?」
島津先輩と伊達先輩が何故だか嬉しそうにこちらを見て、キャーキャーワイワイと騒ぎ、他の部員達も俺達を見て冷やかし始めた。
「うるせーぞ、お前ら! 鍋島が困ってるだろう! なあ啓介?」
そう言って見せつけるように俺の肩をぐいっと引き寄せた石田先輩は、突然俺の下の名前を呼んだ。
「いやーん、啓介ですって!? うそー、部長たちってやっぱり、やっぱりそうなの?」
「百合ですのね? これが百合ですのね?」
「いや、伊達先輩それを言うなら薔薇でしょう・・・」
ますます喜び始めた女子部員二人に、武田が呆れ顔でツッコミを入れた。
そのとき、突然視界で何かが光る。
「え?!」
フラッシュ・・・・・?
閃光が見えた気がして、入り口を見る。
他の部員達は騒いでいて、誰も気が付かないみたいだ。
角度的にも、入り口に背を向けてカウンターに座っている彼らには、多分、外の様子は気付きにくい。
開け放した入り口では、大した風もないのに暖簾が揺れていた。
やはり誰かがそこにいた筈だった。
俺と並んで入り口側に身体を半分向けている石田先輩を見上げる。
先輩は微笑みながら俺を見つめ返していた。
「何だ、啓介?」
「えと、今の・・・」
俺はフラッシュの事を言おうと思って口を開きかけたが、いつの間にか肩から下ろされていた手が、今度はカウンターの下で俺の手の甲を握っていることに気が付き、話すきっかけを失った。
「啓介は、本当にいい子だな・・・」
先輩は目を細めて囁きかけるような口調でそう言うと、俺の指に自分の五指を絡ませてくる。
それは、皆から見えないところで、俺を誘惑しているようにも思えた。
ますます混乱した俺は、武田に助けを求めようと皆の方へ視線を戻す。
毛利先輩と目が合った。
いつもの無表情ではない。
眼鏡の奥の目は冷ややかな怒りを湛えているようだった。



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