夕食後、すっかり暗くなった道を、皆で学校へ引き返す。
女子二人は当人達がいるというのに、ふたたび俺と石田先輩を話のネタにして盛り上がっていた。
真面目に聞いていると、眩暈がしそうな気がしたので、彼女達からはなるべく距離を置いて俺はその後ろを歩く。
武田に声をかけたかったが、彼は直江先輩に捕まっていた。
内容は、珈琲のためにカレーの市民権が蹂躙される差別社会を許してはいけない、というようなことだった。
雑誌のテーマの話だと気付くのに1分かかった。
毛利先輩と北条先輩はパソコンの話をしていた。
1学期中の授業内容について北条先輩が質問しているようだったが、用語が難しくて、さっぱり内容が判らない。
そのすぐ後ろを歩いていた石田先輩は、最初のうち毛利先輩と北条先輩の話に参加していたが、徐々に速度を遅らせて俺の隣までやってきた。
自然な仕草で肩が抱かれる。
「あの・・・石田先輩?」
どういうつもりなのか、それとなく尋ねようとすると、
「ちょっと歩かないか?」
そう言われて肩を抱いたまま、やや強引に身体を引っ張られる。
皆は俺達に気付かず、学校への帰路をどんどん進んでいった。
速度を落としていた俺達との距離は、いつのまにか20メートルほども差が開いていた。
石田先輩は、学校へ向かう道から逸れて、田圃に挟まれた未舗装路へと俺を連れ込んだ。
先輩を見上げる。
この辺りは灯りがないため、暗くてその顔がよく判らない。
前方には稲荷神社の鬱蒼とした茂みが見えており、手前の緩やかな坂の入り口に公衆電話ボックスが一つある。
あとは、坂の突き当りに見える朱色の鳥居を照らした街灯が1本立っており、灯りといえばそのぐらいだ。
「先輩・・・どこへ行くんですか?」
星一つ見えない夜空では、少し前からときおり走る小さな稲妻と低い雷鳴が聞こえ始めていた。
いずれ雨が降りそうな気配だ。
ようやく電話ボックスの前までやって来て、先輩を見上げる。
無表情だった。
「ここなら誰もいないな・・・」
呟くような小声の言葉は、聞き違いかと思ったが、そうではなかった。
先輩は俺の肩から手を離すと、今度は導くように坂道をゆっくりと上がり始める。
仕方なく俺もその後に続いた。
「あの・・・先輩・・・」
無言の背中に呼びかけるが返事はない。
何を考えているのだろう。
俺は少しだけ先輩から距離をとるように速度を落とした。
「啓介?」
気付いた先輩が振り返り、すぐにその差を縮めてくる。
「戻らないと・・・っ」
皆が心配する・・・、そう言いかけた瞬間、突然空が真っ白に光り、ほぼ同時に落雷と思われる衝撃音が聞こえた。
続いて地鳴りのような轟きが、足元から身体へと伝わってくる。
「啓介・・・!?」
気がつくと俺は、先輩に抱きしめられていた。
先輩が俺を抱き寄せたのではなく・・・多分自分からだ。
恐る恐る顔を見上げる。
目を丸くしている先輩が、茫然と俺を見下ろしていた。
「えと・・・俺・・・御免なさ・・・」
慌てて先輩から離れる。
しかしすぐに両肩を引き戻された。
「啓介、待てよ・・・」
「放してくださ・・・」
押し問答しつつ、先輩はやや強引に俺を抱き込むと、顔を近づけてこようとする。
キスされると思ったそのとき。
「お前ら何やってるんだ!?」
咎めるような声に驚き、気を殺がれたらしい石田先輩の身体を思い切って突き飛ばすと、俺は全速力で坂道を駆けおりた。
すれ違いざま、電話ボックスの前に立っていた毛利先輩と目が合った。
「啓介・・・!」
後ろから呼び止めようとする石田先輩の声が聞こえたが、構わず走って学校に戻った。
毛利先輩は非難するような目で冷たく俺を見ていた。

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