<シーン10:石田部長の退部> 石田先輩が来なくなって1週間。
学校へ戻った俺は皆が待っているであろう武道館へは寄らず、その足で自転車と荷物を拾って家へ戻った。
朝、俺の合宿のために弁当を作ってくれたお袋は驚いていたが、嵐が来そうだから合宿が中止になったのだと適当に言い訳した。
実際に雷は強くなっていたが、結局大した雨は降らなかった。
その晩のうちに電話がかかってきた。
かけてきたのは武田で、彼に促されて島津先輩と伊達先輩が電話口に出ると、それぞれに謝ってくれた。
なぜだか彼女達は、話のネタにしたことで、俺が傷ついて帰ったのだと思い込んでいた。
悪いことをしたと思った。
石田先輩からは何の連絡もなかった。
9月になり2学期が始まった。
初日は始業式とショートホームルームだけですぐに解散だった。
俺はまっすぐに帰ろうとしたが、さっそく武田に止められた。
「今、行っとかないと後悔するぞ」
いつになく真剣な口調で言われて、仕方なく彼と一緒に図書室へ向かう。
部室にはみんな揃っていた。
島津先輩と伊達先輩が俺の顔を見て、安心したらしく、もう一度改めて謝りにきてくれた。
石田先輩も来ていた。
しかし俺に気付くと彼は気まずそうな顔を見せただけで、すぐにその目が逸らされた。
毛利先輩は相変わらず無表情だった。
この日の部活は武田を中心にして進んで行った。
なんだかすっかり武田は文芸部のリーダー的な存在になっていた。
久しぶりにタイピング練習をさせられた俺の傍には、島津先輩がついてくれていた。
彼女に言われて、五十音練習を止めにする。
「実際に打つのは小説なんだから、そっちに慣れないとダメだよ」
ふと言い争うような声が聞こえて皆のいるテーブルを見る。
石田先輩と毛利先輩だった。
口を噤んだ石田先輩に続き、毛利先輩も皆の視線に気付いて、気まずそうに口を噤む。
そして俺と目が合うと、あからさまに顔を歪められた。
なんだ、今の・・・?
「すっかり雰囲気悪くなっちゃったね、先輩達・・・」
島津先輩が溜息を吐いた。
「部長達どうして喧嘩なんて・・・」
「さあね、でも元々あの二人仲良くはないじゃん」
「そうなんですか?」
「うん。だって性格正反対だし、お互いのやり方が気に入らないって言い合ってるの、前からときどき見てたよ」
「そうだったんですか・・・」
別に、俺と石田先輩が、合宿で勝手な行動を取っていたのが原因というわけではなさそうなので、その点では少し安心した。
神社前での一件も、考えたら暗い場所だったので、何をしていたかまで毛利先輩に見られていた可能性は、それほど高くない。
そう思うことにして、俺は自分を納得させた。
しかし石田先輩は、その日を最後に部へは顔を出さなくなった。
顧問の井伊先生と毛利先輩によって石田先輩の退部が報告された。
部長の後任は先生の推薦に反対意見なしで、毛利先輩へ引き継がれた。
副部長には推薦者多数により武田が候補に選ばれた。
武田は3日考えさせてくれと返事を保留した。
その日の晩、武田から電話がかかってきて、彼が悩んでいることを俺は知った。
「部活はまあ楽しいよ。でもさ・・・」
その時俺は、武田が退部を考えていることを初めて聞かされた。
原因は俺だった。
「今さら何言ってるんだよ・・・雑誌はどうするんだ? 皆お前がいるからやる気になってるんだろ、言い出しっぺが無責任なこと言うなよ」
「じゃ、鍋島はどうなんだ? お前は小説が書きたくて文芸部に入部したんだよな。ワープロはただの道具じゃん。それが上手く使えないぐらいで、なに不貞腐れてんだよ」
「お前、何で・・・」
「石田先輩があんなに気遣ってくれてんのに、合宿での態度は何だ? おまけに途中で帰っちまうし・・・」
吃驚した。
「お前・・・気付いてたんだ」
「そりゃ付くって。だって親友だろ? 舐めんな」
合宿で島津先輩と伊達先輩が俺を冷やかしてきたのは、あれもまた彼女達なりの気遣い方だったそうだ。
孤立しようとする俺を引きこむために、俺と石田先輩を冷やかしていたところ、途中で当人がいなくなるし、そのまま帰るしで、自分達のせいだと後悔していたらしい。
確かにやりすぎではあったので、武田が諫めて二人を謝罪させたのだそうだ。
「本当は俺が謝るべきだったんだな・・・」
「そう思うなら、態度を改めろよ」
もっともだと思った。
「つうかさ、お前やっぱり副部長引き受けろよ」
「それでもお前が楽しくやってくれるならな・・・」
そう言って武田が少し笑った。
「なんだそりゃ」
「いや・・・・そうだな。鍋島がそう言うなら、俺、引き受けようかな」
俺にはどこで彼の気が変わったのか判らなかったが、退部を考えていた筈の武田は、結局5分も経たずに副部長を引き受ける気になったようだった。
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