<シーン12:石田の秘密> 石田先輩のことがずっと頭から離れなかった。 啓介は本当にいい子だな・・・。 そう言って、カウンターの下で指と指を絡めるように手を重ねてきた石田先輩。 啓介を慰めたいんだ。 「先輩・・・俺の事・・・」 石田はお前を利用していたんだ。 俺を・・・利用・・・。 「おいモモ、早く行くぞ」
神社で毛利先輩を殴った俺は、さすがに顔を合わせ辛くなってしまい、そのままずるずると3日が過ぎていた。
武田ももう、何も言ってこなくなった。
彼は彼で、だいぶ精神的に参っているようだ。
昼間に廊下でばったり会った、教室移動中の島津先輩に聞いたところ、彼女もずっと部に行っていないと言っていた。
それは何も、俺達ばかりということでもないらしい。
このまま文芸部は皆バラバラで、いつか廃部になってしまうのだろうかと、ふと思った。
その日の放課後も、やはり図書室へ寄る気にならず、教室からまっすぐ家路に向かっていた。
校舎を出て校門まで来たところで、後ろから声をかけられる。
「待っていたぞ」
「石田先輩・・・」
心臓がドキンと鳴った。
ゆっくりと俺に近づいてきた彼は、少し身を屈めて俺の顔を覗きこむ。
「なんか、泣きそうな顔をしているな」
そっと伸ばされた手で前髪を撫でられた。
「毛利先輩と・・・喧嘩しました」
石田先輩は驚かなかった。
たぶん、直江先輩あたりから聞いていたのかもしれない。
まさか知っていたから、俺を待っていてくれた・・・?
でも、どうして。
「お前を置いて出てきた俺にそんなことを言う資格はないかも知れないが、せめて罪滅ぼしをさせてくれないか?」
石田先輩が言った。
「罪・・・滅ぼしって・・・?」
「啓介を慰めたいんだ」
あれから彼は俺を映画に誘ってきて、週末に二人で会う約束をした。
不意に合宿の夜の事を思い出す。
二人きりになりたいと、俺を稲荷神社へ引っ張って行き、その間も肩をずっと抱いていた。
そして石田先輩は、俺に・・・。
「ウソだ・・・俺、一体何考えて・・・」
認めたくないことだったが、俺は確かに浮足立っていた。
だが、毛利先輩の言葉も気になっていた。
でも、なんで?
何のために・・・、それにいくら誰かに唆されたからといって、男の俺にキスまでしようとするものだろうか。
そういえば・・・毛利先輩、キスだけじゃなく、カウンターで俺が手を握られていたことまで知って・・・。
「啓介、いるんでしょ・・・?」
突然、自室の襖を開けられて、俺は飛び上った。
「ちょっと・・・っ、なんだよ、ノックぐらいしろよ!」
見ると夕飯を作っていたお袋が、フライ返しを片手に部屋の前で立っていた。
ベッドに寝転がって悶々とあらぬ物思いに耽っていた俺は、心臓が口から飛び出るぐらいに吃驚する。
「いやあねぇ、そんなに怒って・・・・それよりモモの散歩に行ってきてよ。部屋に籠って妙なことしてるヒマがあるんなら、すぐに出られるでしょ?」
「ヘンな想像してんじゃねぇ!」
入り口に向かって投げつけたクッションは、既に閉じられた襖にドンとぶつかってカーペットの上に落ちた。
街灯の周りで匂いを嗅ぎ続けているチワワのモモに声をかける。
お袋に言われてペットを連れ出した俺は、散歩ルートの城西公園に来ていた。
「鍋島」
突然よく知っている声に名前を呼ばれた。
「毛利・・・先輩」
公園の入り口に立っていた先輩はコンビニの袋を手に提げ、軽く驚いた顔をして俺を見ていたが、やがてこっちへ歩いてきた。
「犬の散歩か?」
「はい、見てのとおりです・・・」
「お前この近くなのか?」
「いえ、ここはモモの散歩ルートで・・・遊歩道裏の住宅街です」
「国立公園のか・・・なんだ、結構あるな」
「あの・・・」
俺が口籠ると。
「こないだはその・・・悪かったな」
「え?」
コンビニの袋を持った手で、ガサガサと音を立てながら毛利先輩が頭を掻いた。
「俺は口下手だから・・・いつも、いらないトラブルばかり背負い込む。部長なんて向いてないのかもな」
「そんな・・・俺の方こそ、先日は失礼しました」
頭を下げた。
「いや、止めてくれ。俺の言い方が悪かったんだ・・・ちょっと座らないか?」
毛利先輩に促されて、二人でベンチに座った。
モモも足元に来て腰を下ろしている。
「俺も反省しています。・・・毛利先輩が正しいのは判っているんです。でもみんな、石田先輩のやり方に慣れきっていて、だから戸惑って・・・」
「そのことなら、こないだも言ったとおり、ちゃんと皆と話し合う。俺が不適任だと判断されたら、その意見にも従うつもりだ」
「それはどういう意味ですか?」
「武田に任せようと思う」
「そんな・・・」
「いや、何も丸投げしようって意味じゃないから安心しろ。みんなは武田を認めているだろう? だから俺は出しゃばらないで、武田をサポートしていく形を取った方がいいんじゃないかと思ってる。・・・もともと、俺は補佐向きだしな。委員会の出席や予算の申請なんかは、俺がやる。けれど、実際の部の運営は武田がやった方が、たぶん上手くいくだろう」
「それで・・・本当にいいんですか?」
「俺は別に構わない。それに・・・武田に脅された。このまま鍋島が戻って来ないなら、部を辞めると」
「・・・は!?」
「俺も・・・それは嫌だからな」
武田が、そんなことを・・・・。
「でもそんなの困ります。俺のせいで先輩が部長を辞めるみたいで・・・・」
「そのぐらいに思ってくれて構わない」
「俺が嫌です」
「・・・お前さ。あのとき真面目に俺の話を聞こうとしなかったが、もう一度俺の話を聞く気はあるか?」
「それって・・・」
神社で話していた事だろうか。
「石田の話だ。・・・お前には多分、残酷な内容かもしれないが、当事者なら知る権利がある。どうする?」
俺が利用されていたという話。
石田先輩が俺を騙すために・・・。
「聞きます」
「判った」
そうして毛利先輩は俺には全く予想のつかない話をした。
石田先輩と生徒会長の間に契約が成立していたこと。
俺を誘惑し、寄り添ったり、キスをしかけたりしていたその裏で、生徒会長の仲間が俺達の写真を盗撮していたということ。
石田先輩はそれを引き換えに、生徒会長から大金を手にしていた・・・・。
信じ難い話だった。
だが、俺には残念ながらあながち否定しきれない記憶がある。
ラーメン屋で石田先輩が傍に来たとき、出入り口でフラッシュが光った。
あれは気のせいなんかじゃない。
しかし納得が行かないことも沢山ある。
「生徒会長が、なぜそんな写真を・・・」
それに石田先輩もいくら金のためとはいえ、男の俺にあそこまで出来るものだろうか。
そこまで考えて、認めたくないと思っている自分に気が付く。
俺、まさか・・・。
「悪いが詳しいことは言えない・・・俺が何を言っても、たぶんお前は信じないだろうからな」
「そんな・・・ここまで話してくれたのに」
「だってお前は・・・俺を嫌いなんだろう?」
「え?」
何言って・・・。
「そんな俺の口から聞かされても、これ以上の話をお前は信用しないと思う。だから、知りたかったら直接石田に聞いてほしい・・・まあ、あいつが話す気にならないと、それも無理だが」
「今さらそんな」
「だが、これだけは言っておいてやるよ。あいつの退部は、皆の想像通り俺と喧嘩したことが原因だ。そのきっかけは、お前だった」
「・・・・・・・・・」
「理由はどうあれ、生徒会長との約束にお前を巻き込んだ。俺はそれが許せなかった。・・・ひょっとしたら、あいつにとっては一石二鳥ぐらいの気持ちがあったのかもしれないけどな。でも、人の心を弄ぶやり方が俺には我慢出来ない・・・・まして、それが俺の好きな・・・」
そこまで言って、毛利先輩の動きの少ない表情は、宙を見たまま僅かに目を見開き小さく息を呑んだ。
今、何を言いかけたんだこの人・・・。
「毛利先輩?」
「とにかく・・・」
聞き返そうとした俺の言葉を遮るように、毛利先輩は話を続けた。
日ごろは口数の少ない彼が、この日ばかりは、珍しく饒舌だった。
口下手なんて、たぶん嘘だ。
毛利先輩がベンチから立ちあがった。
「お前は完全な被害者だ。だから今回のことで、お前が部を去るのは間違っている。お前が戻って来るなら、俺が部を辞めても構わない・・・・考えておいてくれないか」
それだけ言うと、返事を待たず先輩は足早に帰ってしまった。
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