<シーン13:careless whisper>
「啓介は可愛いな」
映画館でいつのまにか俺の手を握っていた石田先輩の右手は、席から立ち上がった瞬間からずっと肩に置かれている。
シリーズ最新作のホラー映画は震え上がるぐらいに怖かったが、エッチなシーンも多く、その頃から石田先輩の手は俺の方へ移動していた。
上映中は手だけではなく腿表面を行ったり来たりしていて、内側へ滑り込みそうになる度にドキリとして手にしていたポップコーンがバラバラと零れ落ちた。
その様子が可笑しいらしく、先輩が肩を震わせて笑っているのが隣で判った。
「だって、先輩あんなこと・・・」
「俺がどんなことをしたって?」
耳元でささやかれて、顔が真っ赤になる。
そして名前を呼ばれて彼を見上げると。
「先輩っ・・・!?」
唇に残された微かな感触。
俺、キスされた・・・。
「いいところに連れて行ってやるよ、啓介。来いよ」
そう言って今度は手を引かれた。
土曜の夕方。
臨海公園駅付近の商店街は、とても人が多い。
周りにはカップルも多く、部活帰りの高校生やコンパに向かうような大学生も多い。
城西の制服も少なくなかった。
そんな中を、先輩は躊躇いもなく俺の手を引いてどんどん歩いて行く。
この人が俺を利用だなんて・・・。
それとも、今、こうしている間もどこかで生徒会長の仲間が俺達を・・・?
「ここの地下だよ」
商店街の外れにあるテナントビルの前で先輩が言った。
俺は看板を見上げる。
「プールバー・・・?」
『マリンホール』という店の名前に添えて書かれた、「Billiards&Bar」の文字。
「カッコいい店だぜ。啓介も喜ぶと思うな」
「でも、ここ・・・未成年は・・・」
俺の手を引いてどんどんと階段を降りてゆく先輩。
「大丈夫じゃないか? 俺は止められたことないぜ」
啓介一人じゃ入店は難しいと思うけどな・・・と続けてニヤリと笑う先輩。
180センチ近いバランスのとれた体格が、紺色の細身のジャケットとストライプのシャツを、こざっぱりと着こなしている。
確かに堂々としていれば未成年には見えないかも知れない。
ドアを開けると、洒落たジャズのBGMが身体に響いて来るような音量で流れていた。
「あ、いらっしゃい!」
お仕着せの店員が石田先輩を見て親しげに声をかけてくる。
どうやら常連のようだった。
「シンさんこんばんわ! ね、彼に何か飲み物作ってあげてくれる?」
「オーケー。是清君はプレー?」
シンさんと呼ばれた店員にそうだと言うと、先輩は俺に「ちょっと待っててくれる?」と断って、ビリヤード台の方へ消えた。
俺はシンさんに促されて、カウンター席に腰を下ろす。
「何にする?」
シンさんに聞かれて困った。
「えっと・・・こういうとこ、来たことなくて。あの、何があるんですか?」
正直、お酒なんて飲んだことない。
でもこういうところで、お酒以外のものを頼んだりすると、子供扱いされて相手にされなくなるかも知れないし・・・そもそもお酒以外のメニューってどんなものがあるのだろうか。
「何でもあるよ。コーラにクリームソーダ、コーヒーフロート、ミックスジュース・・・なんならチョコレートパフェでも作ろうか?」
喫茶店のメニューだ。
ナポリタンと言ったら出してくれるのかも知れない。
「チョコレートパフェ・・・なんて、作れるんですか?!」
からかわれているのかと思ったら、意外とシンさんは真面目だった。
「ああ、俺んち喫茶店だから、上手いぞ」
得意げな笑顔が返ってきた。
道理で。
「馬鹿やろう、材料見てから言え」
そういってカウンターの奥から現れた長身の男性に、シンさんは小突かれた。
後ろで纏めたシンさんの茶色い髪が、クリンと跳ねる。
なんだか可愛らしい人だ。
「いらっしゃい。君が啓介くんかい?」
そう言って男性は俺に声をかけてきた。
「はい・・・あの、あなたは?」
「俺は石田有朋。是清の兄だ」
石田先輩のお兄さん。
なるほど、言われてみるとよく似ている。
先輩はどちらかというと、ソフトで物腰が柔らかい雰囲気だが、お兄さんはシャープな感じがした。
でも顔はそっくりだ。
短く刈り込んでいる髪をもう少し伸ばして、横分けにしたら・・・きっと瓜二つ。
「あぁ〜、トモさん、また若い子誑かしちゃって。これで何人目ですか一体?」
「なんの話だ」
どうやらお兄さんはトモさんと呼ばれているらしい。
誑かしてっていうのは・・・まさかと思うけど、俺がぼうっとお兄さんを見ていたから、勘違いされたんだろうか?
というか、・・・いや、俺は男なんだけど。
「ねぇねぇケイくん、トモさんっていい男でしょ、そう思わない?」
カウンター越しに身を乗り出してきたシンさんが、テンション高く同意を求めてくる。
出会って10分足らずで、俺の呼び名も決まったらしかった。
この人の交友関係の呼び方は、あらかた想像が付いた。
呆れた様子で俺達を見ていたトモさんが、再びカウンターの奥へ消える。
「まあ、そうですね・・・」
このノリは俺もちょっと付いていき難いものがある。
シンさんの勢いに押されっぱなしでどうしてよいのか判らず、俺は後ろでビリヤードを打っている先輩へ視線を送った。
台には何人かのギャラリーが出来ていて、どうやらゲームが始まっているようだった。
先輩と目が合う。
ニッコリ笑ってウィンクを返された。
しまったと思ったが、遅かった。
「ははーん・・・なるほどね。コレ君もいい男だからねぇ・・・」
コレ君というのは、確認するまでもなく石田先輩のことだ。
「いや、あの・・・べつにそういうわけじゃ・・・」
「隠さなくっていいってば! トモさんに手をださなきゃ、俺は別にいいから」
「は!?」
「シン、いつまでも喋ってないで厨房に戻れ」
「はーい」
クリームソーダを手に戻ってきたトモさんに叱られ、シンさんが舌を出しながらカウンターの奥へ向かう。
「ああ、シン。材料出してあるから適当に使っていいぞ」
「あ、ありました?」
「メロンを切らしてるがな。啓介くん、バナナとイチゴとフルーツ缶のパフェになるけど、構わないか?」
俺の目の前にクリームソーダを置いたトモさんが、真面目な顔をして聞いてくれた。
どうやら俺のオーダーはパフェとクリームソーダで決定したらしかった。
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