パフェを適当に突きながら、俺は改めて店内を見回した。
『マリンホール』というだけのことはあり、店内は海をイメージした作りになっている。
蒼い間接照明が多様され、ところどころに水槽が嵌め込まれており、中にはカラフルで小さな熱帯魚が泳いでいた。
ビリヤード台は全部で8つ。
バーカウンターは1段高くなっており、螺旋階段で繋がれた上のフロアにはパーティールームと表示された部屋が2つあって、その1つは現在、大学生の団体が貸切で盛り上がっているようだった。
おそらく合コンだろう。
BGMがWHAM!に切り替わる。
常にジャズがかかっているわけでもないことが判ったが、数年前に流行ったバラードナンバーは、店の雰囲気を損ねることはなかった。
「ちゃんと楽しんでる?」
パーティールームから空いたお皿やグラスを運んでいたシンさんが声をかけてくれた。
適当に笑って返事をして、でも正直、気後れしている自分に気が付いていた。
やっぱり、ちょっとこういうところは苦手かもしれない・・・。
「あ、いいもの作ってもらったんだな」
「先輩?」
そう言って俺の手ごとスプーンを掴んで一掬いした先輩が、抹茶アイスと小豆の付いた白玉をパクリと口に入れた。
「さすがシンさん。美味しいな・・・ねぇ、これ俺にも作ってよ〜!」
「だ〜め! そんな可愛い子をほったらかしにして、自分だけ楽しんでるような彼氏に出す抹茶パフェはありません」
「ちょっと、シンさん何言って・・・」
「おい、聞いたか今の?」
先輩がニヤニヤしながら俺を振り返ってきた。
その後先輩に教えてもらいながら俺もビリヤードを打たせてもらったが、先輩が俺にピッタリくっついているせいで、却ってルールが頭に入らなかった。
ギャラリーに笑われて、冷やかされて・・・それでも先輩は真っ赤になっている俺の両手を上から握りしめて、身体を押しつけて・・・1ゲーム終わる頃には、俺はすっかり逆上せていた。
そんな感じで部屋に誘われて・・・俺は断らなかった。

 

「お兄さんはいつ帰ってくるんですか?」
「兄貴は朝まで帰らない。お袋も親父も今夜は泊りだから、安心して」
そう言って肩に置いていた手が下へ降りてゆく。
マンションのエレベーターへ入ると、その手は俺のパーカーの裾をたくし上げ、中に着ていたTシャツの裾から滑り込み、脇腹を直に触れてきた。
「先輩・・・あの・・・」
言いかけた言葉が、キスで止められる。
「啓介は何も心配しなくていいから」
そう言ってもう一度キスをしかけてきたところで、エレベーターが止まった。
先輩はやれやれといった感じに眉をクイッと上げて見せると、それでも脇腹への悪戯はそのままに、俺を先輩宅へと誘導した。
家には宣言通り、誰もいないようだった。
鍵を開け、中へ招き入れられ、先輩の部屋へ案内される。
「凄い!」
本棚いっぱいに並んだ少女漫画の数に、まず驚いた。
「啓介・・・」
後ろから抱き締められる。
「あの・・・先輩・・・」
身体をまさぐられた。
くすぐったい。
「啓介、ここまで来たってことはオッケーだよな?」
掠れた声で聞かれ、熱い息を耳元にかけられて、俺は急に落ち着かなくなる。
「やだっ・・・先輩・・・」
首筋に何度もキスをされ、再びシャツの下から手が侵入してきて、後ろから興奮した身体を押しつけられる。
また頭がぼうっとしてきた。
身体を向きを変えられ、今度は前からキスをされる。
今までのキスとは全然違った。
唇を舐められ、びっくりして開いた隙間から先輩の舌が入ってきて、俺の口のなかで動き回る。
濡れた音がときおり漏れて、それがなんだかとてもいやらしかった。
どうしよう・・・このまま俺、先輩と・・・・。
そう考えたとき、ふと、毛利先輩の忠告を思い出した。

知りたかったら直接石田に聞いてほしい・・・。

「せんっ・・・先輩・・・ちょ・・・ちょっと待って・・・」
「なんだい、啓介?」
唇を離そうとしても、何度もキスをしかけてくる先輩は、それでもしつこく喋ろうとする俺に負けてようやく少し距離を開けると、ちょっと苛々とした感じに聞いてきた。
「あの・・・俺、ひとつ聞きたいことがあって」
「それは、今じゃないとダメなのかな?」
「えっ・・・? うわっ!」
いきなり身体を押された。
突き飛ばされるようにベッドへ倒された俺の上に先輩が圧し掛かってきて、動きを封じられる。
「先輩・・・やだっ、止めて・・・話がっ・・・」
「判った・・・そんなに言うなら話を聞いてあげる」
俺をベッドに組み敷いたまま上に跨り、覆いかぶさった姿勢でじっと見下ろしてくる先輩。
「あの・・・・」
怖かった。
これが、あの優しい石田先輩だなんて・・・。
「どうしたんだ啓介? 話がないなら続きをやるけど」
先輩の手が俺のパーカーの裾にかかる。
先ほどのような優しい手付きではない。
とっとと脱がせようという意志をこめて、拳が布を無造作に握りしめていた。
「生徒会長と・・・約束をしていたって・・・」
俺は恐る恐ると話を続けた。
「明智だと・・・?」
先輩が訝しげに知っている名前を口にする。
「生徒会長からお金を貰う代わりに、俺を誘惑したって・・・本当ですか?」
「お前・・・その話、誰から・・・そうか、毛利か・・・」
今度こそ完全に先輩は動きを止めた。
突然、ドアの向こうで電話が鳴った。
俺と先輩は一瞬気を殺がれたが、先輩は俺に跨ったまま動く様子がない。
しばらくそのまま、互いに見つめ合っていた。
重苦しい空気が流れてゆく。
「あの・・・電話・・・」
まるで俺に教えられて、初めて気が付いたように、先輩はようやく俺の上から退くと、
「啓介、このまま待っていてくれ・・・」
低くそう告げて、部屋を出て行った。
先輩はドアを開け放したままだった。
やがてコール音が止み、先輩の声が聞こえて来る。
ずいぶんとしつこい電話だったようだ。
俺は後ろに手を突いて身を起こす。
なんとなく気分を入れ替えたくなり、今のうちにトイレを借りようと部屋を出た。
先輩の話す声が少し明瞭になる。
どうやら相手は、件の生徒会長で、先輩が失くしていた時計が見つかったというような話だった。
仲良いんだ・・・。
そう思った瞬間だった。
「・・・なんだ、お前の所に・・・ああ、こないだ泊ったときか・・・」
 
 泊った・・・?

足が震えた。
居間らしき場所にいる先輩を振り返った。
先輩はこちらへ背を向けて話しており、俺に気づく様子はない。
失くしたと言っているのは腕時計のことだろう。
そういえば、今日の先輩はいつもの腕時計をしていなかった。
先輩が生徒会長の家に泊った・・・?
腕時計をそこで外したってことは、それってつまり・・・。
じゃあ、俺にこんなことをしてくるのはやっぱり、お金のため?
俺は利用されているだけなのに、一人で舞い上がって。
先輩にはちゃんと彼女がいて・・・。
猛烈に自分が恥ずかしかった。
さっき、俺は怖いながらも確かに期待していた・・・。
俺は震える足で玄関へ向かうと、靴を履き、黙って先輩の家を出て行った。



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