「おんもろい反応やなぁ〜。何慌ててんねん・・・可愛いやっちゃ」
そう言って簗の方から少し距離をとってくれた。
ようやく少し冷静さを取り戻す。
確かに僕の反応も奇妙かもしれないが、初対面に近い男にたいして、彼の接し方も普通ではないだろう。
悪く言えば馴れ馴れしいのだが、そういう振る舞いが自然に出来る彼が、少し羨ましくもある。
簗は僕より、こちらの生活が長いせいかもしれない。
日本で女性に対して同じことをすれば、きっと凄くモテるだろうに・・・まあ、僕がやっても気味悪がられるだけだとは思うが。
「すいません・・・ちょっと考え事をしていたもので」
「うん、端から見ててもぼうっとしてたわ。気ぃつけや、あんな顔しとったら、誰に何されるかわからんで。変なヤツにキスされたらどうすんねん」
「誰がするんですか、そんなこと」
「たとえば、俺とか」
「簗さんが・・・?」
冗談だろうとは思うのだが、そんな口ぶりでもなかった。
戸惑っていると手を引いて席から立たされる。
「とりあえず、早いとこカフェ行こうや。席埋まってまうで」
「ああ、はい・・・」
そのままぐいぐいと手を引かれて階段へ向かった。
「それから、それ止めてくれるか?」
歩きながら簗は言う。
「ええっと・・・な、何でしょう!?」
休憩時間の廊下は凄まじい騒々しさで、自然と会話が叫び合いになる。
「それそれ、敬語! 簗さんいうんも止めてもうてええか!?」
「はあ・・・では、何と呼べばいいでしょうか・・・」
「何て!?」
階段を降りながら聞き返される。
聞こえなかったのだろうと思い、僕は少し大きめに質問をくりかえした。
すると簗は立ち止まりニヤリと笑うと、なぜか僕の頬に・・・。
「えっ・・・えぇ・・・・!?」
僕はたった今、なぜかキスされた頬を抑え彼を呆然と見上げた。
「敬語止めて言うたやろ? 今後、敬語1回につき、キス1回。2回で口にチュウやで。それと『簗さん』は1発で口チュウな!」
そういうとヒデ・・・立った今、強制的に僕がそう呼ばされることになった彼は、再び僕の手を引いてグングンと廊下を歩いて行き、カフェへ入っていった。
それぞれにコーヒーやジュースを注文したあと、場所を探すが満席のため、適当に隅のほうへ寄って話をした。
「あの・・・や・・・じゃなくて、ヒデは関西の人?」
「まあ聞いてのとおり、大阪やわ。嵯峨は東京?」
一瞬彼の目がキラリと光ったように見えたので、ドキドキしたが、意味ありげに笑っただけだった。
ヒデは普通に返事をすると、手にしているカップコーヒーを口へ運び、壁にもたれかかった。
さすがに生徒でごった返しているこんな場所で、それも口へキスなどされたら、僕もたまらない。
「それにしても、人がいっぱいだね。休憩時間のここって、いつもこんな感じなの?」
カフェはもちろん、隣接しているインターネットコーナーも全て埋まっており、PCが空くのを待っている生徒が、10人ほども並んでいる状態だった。
休憩時間は15分しかないのに、彼ら全員が時間内に使えるとはとても思えない。
授業をさぼらないと、学校でネットをするのはほぼ不可能だろう。
もしくは放課後残るか・・・そして、その場合はどのぐらい待たされるのだろうか。
さらに、使用時間に制限はあるのだろうか。
「まあ時期によるかな。春先はそこそこ埋まっとったけど、夏に入ってからはとくに人が多なったわ。6月ごろは逆に生徒もまばらやったで」
「そうか、夏休みに入ったから人が増えたんだ」
「そういうこっちゃろうな」
「放課後もこんな感じなの?」
「もっと待つんちゃうかな。考えることはみんな同じやと思うで」
「そうなんだ・・・でも待てばゆっくり使えそう? それとも利用時間を制限されたりする?」
「さあ、知らんわ。俺まともにつこた(注*使ったの意)ことないし」
「えっ、そうなんだ。どうして?」
まともに・・・とは、どういう意味だろう。
「使いかけたら、いきなり怒られてもてん・・・ほな、嵯峨、そろそろ行こか。なんやまだえらいジュース残っとるやんか!」
「うん、飲みきれなかった。これどうしよう・・・。でも、怒られたって何で・・・あ・・・」
止める間もなくヒデは僕の手からパックジュースを取り上げると、半分ほどものこっていたそれを全部飲み干してしまった。
そして空いたパックを屑籠へ捨てると。
「遅れるからはよ行くで」
来るときと同じようにヒデに手を引かれ、僕らは教室へ戻った。
そして聞きそびれてしまったのだ。
生徒なら無料で利用可能である筈のPCを使おうとして、なぜいきなり彼が怒られたのかを。
一体誰に、どのような理由から?
「エロサイトでも見ようとしたのかな・・・」
「深く突っ込むなや」
手を引く彼から、すかさず返事がかえってきた。
聞こえていたらしい。
06
☆BL短編・読切☆へ戻る