目の前に座っている、小さな見慣れた顔。
ヴェルヴェットのリボンで、結い上げた艶やかな黒髪。
ほっそりとした首に幾筋か落ちている後れ毛と、華奢な肩を強調するような襟の深いドレス。
鎖骨の上に残っている情事の痕・・・。
「ジェム・・・」
向かいに現れた彼が目を細めながら、化粧をした彼女に顔を寄せている。
一瞬視界が閉ざされ、次の瞬間には白い首筋に、煌びやかなネックレスが飾られていた。
「似合っているよ、モンティ」
耳元でそう囁かれ、切ない思いが胸に広がる。
「ジェム、僕は・・・」
首筋に吸いつく、滑らかな冷たい金属の感触。
こんな格好、本当はしたくないのに。
「どんな女よりも、君のほうが綺麗だ」
嫌なのに・・・けれど、君がそう言うなら・・・。
「本当に・・・? でも、昨日はステラと一緒にハイド・パークを散歩していた。その前もステラと一緒にいるのを何度も見た」
白鳥がたゆたうサーペンタイン湖の畔を、連れだって歩く男女の姿が、脳裏に蘇る。
荒々しい鷲を思わせる長身の男と、その腕を取る女の姿・・・波打つ金髪を背中に垂らした綺麗なステラ。
「バカだなモンティ。彼女は従妹だ、知っているだろう? ステラはヴァージニアと同じだよ」
「でも6歳のヴァージニアと19歳のステラとでは、意味が違う」
ジェムは確かに、おしゃまなヴァージニアと仲が良く、幼い従妹の面倒をよく見ているが、10歳違いのステラは間違いなく、ジェムに恋をしている。
あれは女の目だ・・・彼に触れ、キスを交わし、その肉に彼を受け入れたい・・・そう願っている。
頭が重い・・・吐き気がする。
不意に肩が温かくなった。
「モンティ・・・肝心なことを忘れていないかい? 僕は同性愛者だ。あのエディとの仲を疑われたときにも参ったものだけど、まだわからないわけじゃない。相手は可愛らしい少年だったからね。けれど、ステラは論外だ」
剥き出しの肌から、彼の温もりが伝わって来る。
耳の下あたりの柔らかい皮膚にキスを落とされ、続いて薄いドレス生地の上から、脇腹を撫で上げられた。
「ああ、ジェム・・・」
感覚が徐々に研ぎ澄まされて声が震えてしまう。
「いい声だ。・・・この辺りを触られるのは、もっと好きだよね・・・」
たっぷりとしたスカートの上から、大きな掌が腿の上を内側へと滑り落ちる。
「はあ・・・」
与えられる快感を予期して、堪らず息を漏らす。
不意に胸の辺りを揺れ動く大きな動きに気を取られ、複雑な意匠を凝らした台に埋め込まれているその大きな石が、自分の誕生石であることに気が付いた。
「続きをした方がいいかい? それともインナー・テンプルに帰ってからにする?」
鏡越しに彼が聞いてくる。
指先は僅かに僕の物へ触れながら、微妙な動きで刺激を加えてきた。
モスグリーンの瞳に、あきらかな欲望の光が見える。
「ここで・・・」
そして彼の隣に寄り添う小さな顔。
どう見ても女にしか見えない、綺麗に化粧をしたその鳶色の瞳もまた、情欲に揺れ動いていた。
彼を愛している・・・彼が僕を望んでくれるなら、どんな格好だってする。
だから・・・どうか、僕だけを見ていて。
授業が始まり1週間ほどが経過していた。
「嵯峨、・・・ええとな、あ・・・ちょっとええか?」
「ヒデ? ・・・Bye, Alex. See you tomorrow. ・・・うん、何?」
先に出ていくクラスメイトに手を振り、隣へやって来たヒデに視線を移した。
ヒデも複雑そうな表情で、西班牙(スペイン)人のアレックスの背中を目で追っていたが、すぐに僕と視線を合わせてくる。
この一週間見ていてよくわかったことだが、ヒデはかなり人見知りが激しい。
僕ら日本人以外とはほとんど口も聞いておらず、また彼らの方でもヒデと積極的に交流を求めていないようだった。
違うだろう・・・・もっとはっきり言えば、ヒデは恐らく僕ら日本人以外の生徒達から、嫌われているように見えた。
彼らから避けられるたびに、ヒデの表情は微かに曇り、傷付いているらいいことが僕にはわかったが、もちろん、これにはヒデ自身の態度にも問題がある。
なぜ、皆ともっと交流をしないのだろうか。
「このあとなんか予定あるか?」
アレックスの態度に傷ついていた筈のヒデは、すぐに表情から感情を隠すと、にっこりとした笑顔の仮面で、僕に質問をしてきた。
「べつにないよ。帰るだけだし」
ヒデの表情がパッと明るくなる。
「よかった、ほんなメシ食いに行こうや。ええ店知ってんねん」
「マジか、ヒデちゃん? 行く行く〜」
「うわぁ!」
いきなり後ろから、誰かに飛びつかれて振り返ると、西院が僕の背中に飛び乗ろうとしているところだった。
「お前は誘ってへん! ・・・っていうか、嵯峨から離れい、このオタンコナス!」
ヒデが僕と西院を引きはがそうとする。
オタンコナスとか、久しぶりに聞いた気がする。
どういう意味だっただろうか。
「いいじゃん、みんなで食った方が上手いだろ〜、焼き肉、焼き肉〜」
「焼き肉なの? そんなの倫敦にあるの!? びっくり!」
西院の発言に驚いて彼を見た。
「なんも言うてへんやん、勝手に決めんなアホが・・・もう、しゃないな〜。ほな、どうせやから宇多野も来るか?」
まだ教室に残って化粧直しをしていた宇多野に、今度はヒデの方から声をかけていた。
どうやら行き先は、焼き肉屋で決定したらしい。
「うぅん・・・焼き肉はちょっとね。フレンチかイタリアンのときに誘ってくれたら、喜んでよばれるわ。じゃあね、Guys」
そう言って大きなショッピングバッグを持って出ていった。
今日は2時間目からの授業参加だったが、夏物セールにでも行っていたのだろうか。
「なにがガイズやねん、ジェニファーの真似かいな、気取りくさりやがって。・・・ちゅうか、焼き肉の何が悪いねん」
「まあまあ、髪や服に匂いがつくからって、焼き肉屋を嫌がる女の人は多いしさ・・・」
「そうそう、ここはひとつ男同士で楽しくやろうぜ〜! カルビ、タン塩、ねぎま〜、何食べようかな〜♪」
ぶつぶつと文句を言いながら出て行くヒデを、僕と西院の二人で宥めながら学校を出て行った。
どうでもいいが、ねぎまは焼肉屋にないと、僕は思う。
07
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