「ええっと、確かこの辺・・・ああ、あった」
アッパー・トゥーティング・ロードでネットカフェを見つけて扉を押す。
こんな早い時間に客はいないだろうと思ったが、24時間営業のその店は、営業形態に見合った需要があるらしく、そこそこ利用客で埋まっていた。
受付で会員登録をするつもりでパスポートを提示するが、直後に返却され、続いて受付時刻を書いたメモ用紙を黙って突き出された。
驚いたことに、会員制ではなかったようだった。
これでは工作員達から悪用され放題だと思うのだが、そういう心配はいらないのだろうか・・・テロリストやハッカーらによるネット犯罪発生率が、日本の比較ではないという印象をもっていたが、気のせいか?
利用開始時刻の記録にしても、店員の汚い殴り書き1枚である・・・しかも、メモ用紙の隅がベタベタと油で汚れて、指紋らしき跡の真中に、小さな菓子の欠片まで載っている。
これでは3を6や8とか、0を6とか、改竄し放題ではないか、・・・まあ、そんな工作はしないと思うが。
やる気がなさそうな白人店員はというと、面倒くさそうに僕の受付を済ませたあと、ふたたびバーベキュー味の袋菓子を摘まみながら、スマホンでアニメ動画の視聴に戻っていた。
なんとなく腹立ちを覚えながら、適当に空いているPCを探して電源を入れる。
OSはやや古いが起動は早い。
鞄からDVDディスクを取り出し、ドライヴへ挿入した。
屋根裏の彼は、結局名乗りはしなかったが、帷子ノ辻鹿王(かたびらのつじ ろくおう)・・・つまり、帷子ノ辻夫妻の息子であることは、会話の流れですぐにわかったことだった。
肌と瞳の色を除けば、広隆さんとそっくりであることからも、それは間違いない。
・・・性格は著しくかけ離れているが。
モスグリーンの瞳と、嘲笑するような笑い方や、皮肉な物言い・・・・それらは寧ろ、夢の中に出て来た彼とよく似ている気がした。
なぜそう感じたのだろうか・・・そもそも会ったこともない人物が夢に出て来ることなど、ありえるだろうか。
或いは、僕が覚えていないだけで、どこかで鹿王と会っていた・・・そう考える方が自然かもしれない。
鹿王も、僕がヒデに送ってもらったところを見ていたと言っていた。
記憶に残らなかっただけで、そのときに、僕も彼を見ていた・・・そういうことだろう。
「それにしたって、何だってエッチの夢なんて・・・」
夢の中で鹿王に抱かれて、熱い吐息を肌に感じ、彼が自分の中で果てたのだ・・・。
「不味い不味い・・・これ以上考えるのは止めよう」
再びじんわりと身体の芯が熱くなって来るのを感じ、素早く頭を振って気分を入れ替えると、ディスクを再生させてヘッドホンを装着した。
動画が始まった途端、鼓膜を突き破るような音声に心臓が止まりそうになった。
「な、何だこれ・・・!?」
思わずヘッドホンを耳から外し、モニターに繰り広げられる映像を茫然と眺める。
イヤホン端子が差し込まれているにも拘わらず、ヘッドホンのスピーカーから尚も漏れて来る音声は、ただならぬ怒号。
近くの利用客達から突き刺さるような視線を感じ、マウスを持つと音量を半分ほどまで落として、ヘッドホンを再び装着した。
カメラに写っているだけでも50人を超えそうな若者たちは、ヘルメットを被り、楯と警棒で武装した警察か、もしくは機動隊と激突している。
血を流している若者も少なくないが、本人はそれに気づいていないのだろうか、前にいる若者の背に乗りあげて警察の壁を乗り越えて、その先へ行こうとしていた。
しかし間もなく隊員達から引き摺り下ろされ、楯で地面へ押さえ付けられ、拘束されてしまう。
衝突の向こうでは日本製の車が炎上しており、舗道の向こうに並んでいる商店は、どこも窓が割られたり、ショーウィンドウに大きな穴が開いたりしている。
不意に影が動いたと思うと、破られたショーウィンドウから荷物を積んだカートが飛び出て来て、それを押している青年達が、現行犯で警官から逮捕されていた。
そこで漸く、映像の左上に表示されている文字列に気付く。
23.Jul.20xx/Hackney・・・つまりこれは、今年の7月23日に、ハックニーで起こった暴動の記録映像ということだ。
ニュースで何度か見たことのある光景であり、この倫敦郊外で実際に起きた出来事なのだ。
「これって・・・まさか、鹿王さんが撮影したんだろうか・・・」
そうだとしたら、この現場に・・・カメラの視点に彼はいたということになる。
或いは望遠レンズを使って撮影したのかもしれないが、そうだとしてもそれほど暴動現場から離れていないだろう。
荒々しい映像が20分ほども続いた後に、漸く内容が切り替わる。
打って変わって、今度は見覚えのある景色だった。
左上の表示を見ると、『23.Jul.20xx/SOHO』となっている。

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