***第3章*** 強い力で中庭へ連れ込まれる。 「もう、絶対誤解・・・」
「ちょっと、放してください・・・何するんですか!」
力いっぱい振り切って、強引な手を解くと、目の前の長身を思いきり睨みつけた。
「友達の前で失礼じゃないですか!」
彼は大きな鞄を肩から提げたまま、腕を組んで見おろしてくる。
夜目にもその目が、僕を嘲笑っていると理解できた。
「お前は同性の友達と、公共の場所でキスをするのか・・・それとも、ゲイの挨拶ではそれが普通なのか?」
そう言って背を向けると、今度は玄関の鍵を開けた。
「だからって・・・あの態度は失礼でしょう。せっかく送ってくれたのに」
「ほう、とうとう自分はゲイだと認めたか」
「そう思いたかったら、勝手にすればいいでしょう。自分だって朝は僕にキスしようとしたくせに」
「してないぞ」
「わかってます!」
ソーホーからタクシーに乗ったヒデは、下宿まで僕を送ってくれたのだ。
シャフツベリー・アベニューの手前で上質そうな白っぽいスーツを着た、美しい東洋人男性と遭遇して以降、ヒデの様子はずっと不自然だった。
話しかけ辛い雰囲気を纏う彼と僕は、終始無言のままアッパー・トゥーティング・ロードまでやってきて、車を降りてから彼は再び僕の手を取って歩き始めた。
嵯峨(さが)、ああいう兄ちゃん好きなんか・・・?
不貞腐れたような声で漸く口を開いてくれたヒデが、何かを隠していたであろうことを、僕はわかっていた。
それでもせっかくいい雰囲気になれて、彼とファーストキスを体験して、デートと言っても良いような時間を過ごしてきたのに、気不味くなったまま別れたくなかった・・・。
だから、たとえ何かを誤魔化すためだったとしても、ヒデが再び話してくれたことが嬉しかったのだ。
認める・・・僕はヒデが好きだ。
彼に恋をしている。
漸く自覚をして、お互いの意思を確認した上で、もう一度ちゃんとキスをしようとした・・・その直後。
「いつになったら、そこを退けてくれるんだ?」
2メートルも離れていない場所からそう言って、冷ややかな視線を送る男が、偉そうに腕を組みながら僕らを眺めていた。
この、帷子ノ辻鹿王(かたびらのつじ ろくおう)だ。
茫然とする僕らの間を、わざわざ引き離すようにして、彼はまっすぐに門へ向かう。
「ちょお・・・あんた・・・」
その拍子に押し退けられたヒデが、抗議の声を上げかけたが、無視して鹿王は門へ入っていこうとしていた・・・・僕の手首を握って。
引き摺られるようにして門の前から振り返ると、そこにヒデはもういなかった。
鹿王のこの態度を彼は、一体どう捉えたことだろう・・・どう考えても、良い印象を与える筈はなかった。
口に出しかけて、危うく言葉を呑みこんだ。
こんなことを鹿王に知られたら、また何を言われるかわかったものではない。
まあ、ばれたところで、別に今更だとは思うが。
どうせこの男には、最初からゲイだと思われている。
しかし、てっきり下品な罵りを返してくると思った鹿王は、意外なことに神妙な顔をして、僕をじっと見ていた。
「・・・・・・」
「な・・・んですか?」
揶揄われるか、それともバカにされるか・・・そういう場面ではないのだろうか。
それとも、僕が途中で言葉を切った直前の単語を、彼は聞き逃していたのだろうか。
それにしても、なぜ・・・・睨まれているのだろうか。
鹿王を、怒らせている・・・?
わからない。
「お前、高寧(こうねい)人ヤクザの愛人にでもなるつもりか?」
「は・・・・、どういう意味です?」
ヤクザ・・・なぜ、ここでその単語が出て来るのかがわからない。
それも高寧人だなんて。
だが、さきほど出会ったソーホーの男性・・・年齢に見合わない上質なスーツを着こなす彼は、そう言われるとなぜかしっくりと来るものがあった。
下品さはないし、強面でもないが、どこか人を寄せ付けない雰囲気が彼にはあった。
高寧人かどうかは知らないが、彼は本当にヤクザかも知れない。
ヨンムン・・・・僕たちを見て、男性はそう言った。
違うだろう・・・ヒデだ。
「意味がわからないと言うわりには、どうやら心当たりがありそうだな。まあいい・・・とりあえず中で話そう。生憎この狭い中庭は、ウチにだけ面してるってわけじゃないんだ」
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