だって『京城屋』のオーナーは、確かヒデの親族だと聞いていて・・・・つまり、それって。
「七海派は関西に拠点を持つ高寧人暴力組織で、構成員の殆どが在日民族学校の高寧学園出身者だ。高寧学園は日本でも事実上の治外法権が成り立っていて、警察でさえも敷地内は立ち入り禁止だ。・・・つまりやりたい放題ってわけだ。ニュースを見ているお前なら、教科書問題ぐらいは知っているだろう」
「ええ、まあ・・・」
高校無償化適用問題で、使用している教科書記述が問題視され、適用を見送りされていることに対し、高寧学校側が差別だと訴えている問題のことだ。
「閉ざされた空間では本国同様の反日教育がまかり通っている。たとえば、川を渡っている30人の日本兵がいました。そのうち10人を撃ち殺しました。あと何人日本兵を殺せば、殲滅できるでしょうか・・・初等教育の算数では、教科書にそんな問題文が当たり前のように記載されている。歴史教育に至っては、考えるまでもないだろう」
「それは・・・酷い話だとは、思いますけど・・・」
警察さえも立ち入り禁止なら、確かにやりたい放題だろう。
加えて高寧学園の教科書は、校外持ち出し禁止だと聞いている。
それなら、そんな記述があったとしても、不思議はないかも知れない。
「近年の日本国内における外国人犯罪率は、日本人の1〜3倍だ。ところが高寧人の凶悪犯罪に限って言えば3〜5倍、あるいはそれ以上だと言われている。逆に高寧人を除外すれば、日本人よりも却って低い。本来、犯罪をした外国人は国外退去にされ、再入国の際には入管で止められるものだから、これは当然の筈だ。しかし特別永住者の高寧人に限っては適用外。・・・これが何を意味するかわかるか」
「わかりません・・・」
鹿王(ろくおう)はこんな話を、なぜ始めたのだろうか・・・僕はそんなことを考えていた。
これが彼のイデオロギーだから?
押し付けなら勘弁してほしかった。
「初等教育段階から徹底的に反日精神を叩きこまれた彼らは、日本人を殺すことに抵抗がなくなり、寧ろそれは良いことであり、英雄になれるとすら思っている」
「そんな馬鹿な・・・」
いい加減にうんざりしていた。
「右も左もわからない段階から、ずっと、日本人は高寧人を強制連行して自分たちの国を侵略した酷い連中だと聞かされてみろ。日頃は冷静でいるつもりでも、どこかにそうだと刷り込まれてしまう・・・それを洗脳って言うんだ。戦後日本の自虐史観が典型だろ」
「でも、実際に日本は高寧国を植民地にしていましたし・・・」
「言葉は正確に使え。併合と植民地は違う。・・・まあいい。そこをやり始めると長くなる。とにかく、何をやろうが国外退去もされず、入管で止めることもできない・・・そんな連中が、日本人への憎しみに凝り固まっていたとしたら、どうなると思う」
「それは・・・けど」
「日本で高寧人による凶悪犯罪者がのさばる・・・今の状況がそうだ」
「そうかも知れませんけど・・・だからどうだって言うんですか。そんなこと、ヒデには関係ない」
口では言い返しつつも、鹿王が何を言いたいのか、本当はわかっていた。
「七海派の構成員は高寧学園出身者がほとんどだ。七海派自体は『セブン・シーズ』など、カジノ経営による、いわゆるシノギが収入源の主体だが、金虎はソーホーを拠点としている少人数のグループ組織で、清華(しんか)人マフィアの『Snake Fang』・・・『蛇牙』(じゃが)と結びつきが強い」
「蛇牙って、確か池袋あたりで抗争起こして、青竜刀振り回したりしてるっていう・・・?」
清華国南部系の黒社会だと聞いたことがある。
「まあ、抗争で青竜刀ってのはどうか知らんがな。確かに池袋あたりで、チンピラ同士が衝突して何人か死んだってニュースぐらいならあったかもしれん。有名なところでは麻薬取引の現場に踏み込んだ警官が、ハチの巣にされたって話もあった」
うろ覚えの記憶は鹿王に苦笑されて終わりだった。
「ハチの巣・・・ですか」
「現場にいたのは『三頭会』(さんとうかい)の構成員で、倫敦(ロンドン)ではソーホーを仕切っている。『三頭会』ってのは『蛇牙』の最大グループのことだ。つまり連中は人を殺すことに躊躇いがない。かつて歌舞伎町を仕切っていたのは、日本のヤクザだが、新宿を取り返すために警察は暴対法で必死になって日本のヤクザ組織を壊そうとした。その途端に歌舞伎町は黒社会の天下になり、警官が連中からハチの巣にされた。日本の警察の最高峰たる警視庁が、黒社会の前では何もできなかったんだ。結局警察はふたたびヤクザに泣きつき、歌舞伎町から黒社会を追いだしてもらった。つまり、黒社会から歌舞伎町を取り返したのは、警察じゃない。日本のヤクザだ。無様な話だ。そして歌舞伎町から追い出された『三頭会』が日本で拠点にしているのは横浜だ」
「清華街?」
「・・・からは、ちょっと外れるらしいけどな。まあその辺だ。その『三頭会』がやけに可愛がっているのが『金虎』。どうもリーダーがご執心の構成員が、『金虎』にいるらしい。・・・『七海派』だけなら、それほど心配するような問題じゃないが、武闘派組織の『金虎』となると話は別だ。日本人を殺すことを何とも思わない連中が、『三頭会』のような、血も涙もない黒社会組織と連携して、日本人の誘拐事件に関わっている・・・誘拐された被害者の行きつく先なんて、考えるまでもないだろう」
「だからって・・・それが一体、ヒデと何の関わりがあるっていうんですか」
「アイツが『金虎』のメンバーだったら、どうする気なんだと言っている」
「そうとは限らないでしょう」
「あのな・・・どうみても高寧人系で、連中のアジト近くで、留学生のお前を連れ回していた。これで心配しないわけがないだろう」
鹿王はやや興奮気味にそう言った。
本当に心配してくれているのだろう。
それでも僕は、素直に彼の言うことを聞く気にはなれなかった。
なぜなら、それは自分が好きになった人のことであり、その話を認めてしまうと、彼に嘘を吐かれていたことになるからだ。
嘘・・・・?
ヒデはこれまで、自分で一度でも日本人だと、僕に言ったことがあっただろうか。
僕が、勝手にそう思っていただけではなかっただろうか。
「そんなの・・・ただの偏見じゃないか」
しかし、ヒデが高寧人だったら、どうだというのだ・・・
「ああ、俺の考え方は確かに偏見かもな。だが、何かあってからでは遅い。だから警告しているんだ・・・嵯峨、少し冷静になって考えてみろよ・・・」
「まるで高寧人がみんな犯罪者だと、そう言っているみたいに聞こえるよ」
僕はヒデが日本人だから、恋したわけじゃない筈だ・・・。
「そうは言っていない・・・けれど、実際にソーホーでは多くの日本人留学生が・・・」
「ヒデのことを何も知らないくせに、一方的な知識や屁理屈を並べて、僕の友達を犯罪者呼ばわりですか・・・」
けれど・・・ちゃんと教えて欲しかった。
なぜ、自分は高寧人だと・・・彼は言わなかった?
「屁理屈じゃない、現実に起きていることだ。お前こそ、世界中が日本と同じように安全だと思い込んでいないか? 倫敦は外国であり、政府も警察も、自国民と同じようには守ってくれないんだぞ。あのDVDで一体何を見て、聞いていたんだ。ショックなことかもしれないがな、それが常識なんだ。自国民よりも外国人の処遇を厚遇しているのは、日本ぐらいだぞ。確かに俺は、そのヒデって野郎のことを何も知らないし、そいつが『金虎』だと確信しているわけではない。だが、お前の行動が軽はずみだってことぐらいは、お前にだって・・・」
「僕にはあなたが、人種差別をしているようにしか聞こえませんよ」
僕が信じられなかった・・・?
ヒデは僕が、自分を色眼鏡で見ると・・・そう思ったから、あるいは・・・。
「何だと」
ただでさえ深く冷たい印象を与える鹿王の声が、ぐっと低く呟いた。
その瞬間に部屋の空気が一瞬で凍りついたのが、僕にもよく理解できた。
おそらく、僕は本気で彼を怒らせていたのだ。
しかし、このときの僕は、精神状態が不安定で、彼の変貌まで予測できなかった。
僕はヒデに・・・・信用されていなかった。
それが、ショックで・・・。
だが、なぜ信用されなかったのか・・・その原因は、僕自身にあるのではないのか。
「話がそれだけなら、部屋に帰ります」
鹿王に背を向け出て行こうとしたところで、彼に止められた。
「おい、ふざけるな鳴滝嵯峨・・・言い逃げできるとでも思ったのか」
「痛っ、・・・放してください」
後ろ手に取られた手首を振り払おうとして、鹿王からさらに捻り上げられた。
肩の付け根が悲鳴を上げる。
「なんだって俺が突然レイシスト呼ばわりされないといけない。人を侮辱するにも程があるだろ」
「だって・・・そうじゃないか。結局のところあなたは高寧人を差別しているだけでしょ・・・だから、高寧人っていうだけでヒデのこと」
「お前は一体さっきから何を聞いていたんだ。俺はこの街で奴らが何をしているか、高寧人がどのような教育環境で育ってきたかを、きっちり説明した筈だよな。それの何が差別だ」
「けれど、高寧人すべてが犯罪者ってわけじゃないでしょう」
「誰もそんなことを言っていない。危険性を考慮しろと指摘しているだけだ。そもそもお前は人種差別と言ったな。確かにお袋は白色人種だが、俺は見ての通り、どちらかと言えば親父の血が濃い。実際にこの倫敦で、どこへ行っても有色人種として扱われている。肌の色だって、お前とそう変わらんだろう。黄色人種同士でなぜ人種差別が成り立つ」
「そんなの屁理屈だ」
「お前が言ったことだろ、言葉には責任を持て。俺は優しいから、敢えて言いなおしてやる。民族差別とお前は言いたかったのだろうが、生憎、俺はそんな感情も持ち合わせてはいない。実際に俺の大学には、高寧人の生徒が沢山いて、仲良くしてる連中もいる。俺が尊敬している先輩も高寧人だ。高寧国にだって、何度も渡航したことがあるし、先輩の家族から自宅へ招待してもらったこともあるぞ。逆に質問するが、お前にはそんな付き合いが一度でもあるのか」
「ないですよ・・・だから何だって言うんですか」
鹿王は大学生で、僕はまだ高校生だ。
大学と高校とでは、人付き合いの幅が違って当たり前だろう。
「知りもしない・・・そして、知ろうともしなかったんじゃないのか? 日本人は悪いことをしてきた、高寧人は可哀相な民族だ・・・お前のメンタリティはそこで思考停止している。違うのか。もしも俺が言ったことが差別に聞こえたのなら、それはお前の潜在意識にある優越感が原因だ。」
「なん・・・だと・・・」
「はっきり言ってやろう・・・嵯峨、差別をしているのは、お前の方だ」

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