思わずヒデを見た。
考えたら知っていて当然だ。
ヒデは何度も僕を下宿へ送り届け、逐一このギュハへ報告をしていた筈だ。
気不味さを顔に滲ませたヒデは、僕から目を逸らしたままだった。
だが、罪悪感というよりは、その中に幾らか怒りのようなものが見てとれる・・・何に対して?
「聞くところによると、大層な美男子で、嵯峨君ともただならぬ仲のようじゃないか・・・首筋のキスマーク、・・・ヨンムンが付けたものじゃないとすれば、それは・・・」
咄嗟に手で隠そうとして繋がれていることを思い出す。
「ち、ちがっ・・・これは、鹿王さんがふざけて・・・別に彼とは何もっ・・・」
「ふざけて・・・そんな跡を付け合うのは、そういう仲ってことだろう。しかしまあ、嵯峨君が言い訳するだけ、まだ望みはあるみたいだぞ、・・・ヨンムン。せいぜい、このチャンスを生かすんだな・・・ただしアングルには気をつけろよ」
そう言ってギュハが階段へ向かうと、ヒデを抑えていた二人も彼を追って居間から消えた。
二人きりにされる。
ヒデは思い詰めたような顔をして立っていた。
視線はカーペットに据えられ、拳は固く握られたままだ。
彼に騙され、彼に裏切られて、こうしてまた、彼に売られようとしている。
それなのに、どうしてこの男を憎むことができないのだろう。
気が付けば、こんなことを言っていた。
「・・・これは、確かに鹿王さんにされたけど・・・揶揄われただけで、彼とは何も・・・」
「何言うてんねんな・・・自分の状況、もっと考えや」
「えっ・・・」
ヒデはそう言うと、着ていたTシャツを脱ぎ棄て、ジーンズのベルトを外しながら近づいてきた。
引き締まった身体、肩から胸にかけての固い筋肉。
その肌を青黒く汚している、無数の鬱血。
欲望に染まった切れ長の目元を、痛々しく傷つけている打撲痕を見て、思い出す・・・あのギュハというリーダーを怒らせ、彼に殴られたと言っていたことを。
いや、彼だけではなく、ここにいるギュハの手下たちに、ヒデは朝まで起き上がれなくなったほどの暴行を受けたのだろう。
「痛く・・・ないの?」
思わず聞いていた。
「えっ・・・」
ソファへ膝を突き、こちらへのしかかりながら、ヒデが細めていた目を見開く。
「身体・・・怪我だらけ・・・」
「いらんこと言わんでええ・・・ほんまに、調子狂うやっちゃな」
「ごめん・・・そうだね。なんだか僕って、本当、ちょっとボケてるよね」
「ボケボケや・・・」
「ヒデ・・・?」
そう言われたかと思うと、一旦暗くなった視界がまた明るく広がり、ソファの足元がミシッと沈んだ。
どうやらヒデが、どさりとそこへ腰を下ろし、僕の膝を背中の下へ敷きながら、仰け反るようにソファへ身体を伸ばしていた。
「なんでそんなんやねん・・・俺にここまでされて。俺、お前のこと騙してんぞ」
「わかってる・・・ショックだった。でも、怪我が痛そうだから・・・」
「アホか! 俺の事なんかどうだってええやろ・・・・自分がこれからどうなるかわかってんのんか? 俺に犯されて、それ課金制のエロサイトでライブ配信されて、近いうちに『三頭会』に売られるんや。その後は、ほんまにどうなるかわからん」
「ええと・・・奴隷工場とか鉄砲玉とか言ってた、あれのこと?」
「そうや・・・あいつらはほんまに血も涙もない連中や。誘拐されたり、借金の形に売られた若い男が強制労働させられとる工場が、清華の山奥にようさん(注*沢山の意)ある。そこに連れて行かれるかもしれんし、対立しとる組織に突っ込むときの鉄砲玉に使われるかも知れんやろな。嵯峨やったら、オークションにかけられてエロいおっさんに買われる可能性もあるやろ。・・・せやから、逃がしたろ思たのに・・・鹿王さんに忠告されとったくせに、何でついてきたんや!」
「そう言われても・・・ええと、ライブ配信ってことは、どこかにカメラがあるの? 今、配信されてる?」
「そうや。そことそこ・・・あそこにもあるわ」
そう言いながらヒデは暖炉と本棚、そして階段の手摺あたりを指した。
言われてみると、確かに小さなカメラが設置してあるが、配線はまったく見えない。
目立たないように壁際を這わせて、カーペットなどで隠してあるのだろう。
ということは、ここは日常的に、そういう動画の隠し撮りなどに使われているのだろうか。
・・・ヒデが、同じようなビデオに、すでに出演していたのだろうか・・・誰かと。
そう考えると、チクリと胸が痛んだ。
不意に視界が暗くなる。
「なんで日本人は、みんなそうやって、簡単に騙されんねん。なんでもっと疑わんねん」
「だって・・・どうやって、疑ったらいいのか、わからない・・・」
あるいは、こんなに好きにならなければ、もっと簡単に疑えたのかもしれない。
もっと賢く、振る舞えたのかもしれない。
でも、もう無理だ。
「どうやっても、こうやっても・・・俺なんか信用ゼロやろ。アレックスなんか堂々と俺に、嘘吐きの高寧人言うて来よんで。図書室の連中かてせや。犯罪目的で潜り込んどる奴に、貸し出す本なんかない言うて、いつ行ってもすぐ追い出されるわ。カフェのパソコンかて、悪いことに使われたらかなん言うて、絶対使わしてくれへんしな」
「そう・・・だったんだ・・・」
いつだったか言っていた、PCを触った途端に怒られて追い出されたという話の真相を、今初めて僕は知った。
だから彼は、学校でいつも皆に避けられていたのだ・・・。
それでも、彼が本当に『金虎』の構成員で、犯罪目的だとわかっていれば、立ち入りすらも許されない筈であり、そうではないということは、彼らの行動は、ただの偏見から来ているものだろう。
彼が『金虎』と同じ、高寧人だという、それだけの理由で。
ヒデが犯罪に加担していたことは、偶然にその通りだったというに過ぎない筈だ。
不意にヒデが視界から消えたと思うと、首筋に息がかかり、次の瞬間鋭い痛みが走った。
「あっ・・・!」
そして同じ場所を生温かい感触が何度も伝い、集中していた神経が、やがて腰の辺りから背筋にかけてゾクゾクと這い上がってくるような快感へとすり替わってゆく。
昨夜鹿王に吸いつかれたのと、同じ場所だった。
「嵯峨が悪いんやからな・・・逃がしたるつもりやったのに・・・嵯峨が・・・」
首筋から耳朶、鎖骨へと彼の口唇が皮膚の表面を這う。
噛みつかれたのは最初だけだったが、痛いほどの強さで、繰り返し皮膚を吸引された。
しかし、それらはすべて何故か心地よく、これから彼にされることへの期待を高めただけだった。
「ああ・・・ヒデ・・・」
彼とならしてもよい。
「なんちゅう声出すねん・・・犯されようとしてんのに。ネット配信されてんねんで・・・ギュハらにも見られとる」
「それでもいいから・・・ヒデ」
もっと、触れてほしい。
「あほや・・・ほんまにアホや、嵯峨は・・・」
ボタンを引きちぎるように脱がされたシャツは、拘束された手首のあたりに絡まっていた。
ジーンズと下着、スニーカー、靴下・・・全て脱がされ、ほぼ全裸にされたときには、生まれた初めて誰かに全てを曝け出している羞恥にいたたまれず、ヒデから顔を逸らした。
脚を大きく開かされ、唾液で濡らした指でそこを幾らか触られただけで、張りつめたものを強く押しつけられる。
「ああっ・・・痛い・・・痛いっ、ヒデっ・・・!」
彼に触れられたことで、少しは立ち上がっていたものが、すっかり縮こまっていた。
「あほかいな・・・力抜け、嵯峨っ・・・怪我するやろっ!」
「やだっ・・・止めてっ、痛いよっ・・」
しかし、いくら懇願してもヒデは行為を中断することなく、機械的に腰を動かし続けていた。
その体制は幾らか不自然で、彼の表情がよく見えず、腰だけ押し付けているようにも見える。
まるで挿入部分が影にならないように、注意を払っているようでもあり・・・途中でそれが、階段手摺に取り付けられたカメラのせいだと理解できた。
「はっ・・・あっ・・・嵯峨っ・・・嵯峨っ・・・」
切羽詰まったように、掠れた声で名を呼ばれ、僕は首をあげて彼に視線を送る。
だがヒデは目を閉じ、何かに神経を集中させているようだった。
射精が近いのだろう、・・・彼の動きがどんどん早くなっている。
「ヒデ・・・」
内壁を擦りあげられているうちに、痛みの感覚が麻痺したのか、それとも出血で滑りが良くなったせいなのか・・・徐々に違った感覚が神経を支配してゆき、僕はそれを快感だと認識じ始めた。
「嵯峨っ・・・嵯峨っ・・・出すで・・・ええな・・・」
確かめるように彼に聞かれた頃には、カメラの存在などすっかり忘れていた。
「ヒデ・・・好き・・・好きだから・・・」
夢中になって告げた次の瞬間、返事とも判断のつかない、呻くようなヒデの声が聞こえた。

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